医療機器のリスクマネジメント|ライフサイクルを踏まえた対策を解説

2024.10.17

医療機器は患者の治療に用いられるため、細心の注意を払って運用しなければなりません。
当然、他の業務と同様にリスクマネジメントが求められます。

しかし、医療機器のリスクマネジメントを実践するうえでは、さまざまなポイントを意識しなければなりません。
また、ライフサイクルや国際規格などの知識も不可欠です。

本記事では、ライフサイクルを踏まえた医療機器のリスクマネジメントについて解説します。
有用な対策などについても紹介するので、ぜひ参考にしてください。

【基礎知識】医療機器のリスクマネジメントとは

最初に、医療機器の運用におけるリスクマネジメントの意義について確認しましょう。
ライフサイクルを踏まえる重要性や、よく用いられる用語の定義についても説明するので、ぜひ参考にしてください。

医療機器のリスクマネジメントが重視される背景

リスクマネジメントとは、不確実性が高いリスクに対し、適切な予防策や管理を実践し、損失の回避や低減を目指す取り組みを指します。
業界・業種を問わず、リスクマネジメントは企業がリスクを回避するうえで実践すべきことです。

なお、リスクマネジメントはリスクの予防だけでなく、実際に発生した際の対処も含まれます。
リスクを回避できなかった際に、適切な対応によって損害を最小化することも、リスクマネジメントの重要な役目です。

医療機器は性質上、慎重な開発・運用を求められるものです。
特に、健康状態や生命維持に多大な影響を及ぼす医療機器は、運用を誤ると致命的な影響を与える恐れがあります。

また、優れた医療機器であっても潜在的なリスクが存在するものです。
医療従事者は医療機器を運用するにあたって、なんらかのリスクが発現することを踏まえ、常に予防策を取らなければなりません。

昨今の医療機器は技術の進歩もあり、複雑な機構を持つものも少なくありません。
加えて、ITと連動している医療機器の場合、サイバーセキュリティに注意しなければならないなど、多角的な視点でリスクマネジメントに取り組む必要があります。

医療機器におけるライフサイクルの重要性

医療機器の製造過程・医療現場での運用はもちろん、ライフサイクルも重視すべきものです。
ライフサイクルとは、特定の製品が設計・開発され、発展しつつ市場に普及していく一連の流れを指します。

通常の製品と同様に、医療機器のリスクマネジメントにおいても、ライフサイクルを踏まえて対策を講じます。
医療機器は開発の過程で、複雑かつ多数の規制要求事項を満たさなければなりません。

その過程で、発生し得るリスクを予測し、適切に対応する必要があります。

ライフサイクルを踏まえた医療機器のリスクマネジメントは、以前より重要な課題として扱われていました。
厚生労働省も医療機器のリスクマネジメントを注視しており、医療機器メーカーと連携し、官民一体となって取り組んでいます。

用語の定義

ここでは医療機器のリスクマネジメントにおいて、よく利用される用語について解説します。
一般的に使用される意味合いと若干ニュアンスが異なるものもあるので、注意しましょう。

用語意味
リスク危害の発生確率とその危害の重大さとの組み合わせ
危害人の受ける身体的傷害もしくは健康障害、または財産もしくは環境の受ける害
リスクマネジメントリスクの分析・評価・コントロールおよび監視に対して管理方針・手順および実施を体系的に適用すること
リスクアセスメントリスク分析およびリスク評価からなるすべてのプロセス
重大さハザードから生じる可能性のある結果(危害)に対する尺度
危険状態人・財産または環境が、1つまたは複数のハザードにさらされる状況
残留リスクリスクコントロール手段を講じた後にも残るリスク
安全受容できないリスクがないこと
誤使用製造業者が意図する、または使用者が予期する医療機器の動き(反応など)と異なる結果を招く行為または行為の省略
リスク推定危害の発生確率とその危害の重大さに対して重み付けをするために用いるプロセス
リスク分析利用可能な情報を体系的に用いてハザードを特定し,リスクを推定すること
リスク評価判断基準に照らして推定したリスクが受容できるかを判断するプロセス
参照:医療機器のリスクマネジメント規格について|⼀般社団法⼈⽇本画像医療システム⼯業会
   用語集|東京医科歯科大学

医療機器におけるリスクマネジメントの規格

医療機器のリスクマネジメントにおいては、ISO 13485やISO 14971と呼ばれる国際規格が用いられます。
本章では、それぞれの規格について解説します。

ISO 13485とは

ISO 13485とは、ISO(国際標準化機構)が医療機器の品質管理システムのために作成した国際規格です。
1996年の発行後、2003年と2016年に改定され、2023年にはISO 9001(品質マネジメントシステムの国際規格)と整合した要求事項が規定されました。

元々、ISO 13485はISO 9001に記載されていた要求事項を一部省略し、医療機器固有の要求事項を追加したものです。
ISO 13485は医療機器のライフサイクルを全般的にカバーしており、各プロセスにおける要求事項を記載しています。

ISO 14971とは

ISO 14971とは、医療機器のリスクマネジメントにおけるフレームワークを提供するために作成された国際規格です。
医療機器の要件定義や、安全・リスクの評価や管理に関連するフレームワークなどが記載されています。

一見するとISO 13485と同じような印象がありますが、ISO 14971はリスクマネジメントのアプローチについて具体的に記載しているものです。
ISO 13485はリスクマネジメントに関する要求事項が記載されていますが、具体的な実践方法については記載されていません。

そのため、ISO14971はより実践的に活用できる国際規格として制定されました。

医療機器のリスクマネジメントの手順

医療機器のリスクマネジメントは、以下の手順で実施します。

  • リスク分析
  • リスク評価
  • リスクコントロール
  • 残留リスクの全体的な評価
  • リスクマネジメント報告書
  • 製造後の情報

上記の手順は、いずれもISO 13485・ISO 14971に基づいたものです。
それぞれの手順について、順番に解説します。

リスク分析

リスク分析は以下3点のプロセスで実施されます。

  • 意図する利用・目的や安全に関する特質の明確化
  • ハザードの特定
  • 各ハザードにおけるリスクの推定

1.意図する利用・目的や安全に関する特質の明確化

まずは、医療機器の意図する利用・目的や安全に関する特質を明確化します。
仕様用途や使用状況など、医療機器が運用される状況を想定し、それぞれの内容を具体的に想定しましょう。

また、実際に医療機器が運用される際に発生が予見されるミス・誤使用についても記載してください。

2.ハザードの特定

医療機器の運用において想定される、あるいは把握しているハザードを、種類別に特定するプロセスです。
ハザードを特定する際は、正常・故障・誤使用のように種類を分けて識別しましょう。

ハザードが起こる順序を明示するなど、より具体的な記載も不可欠です。

3.リスクの推定

特定したリスクの発生確率・重大性を推定します。
推定したリスクは定量的・定性的な表現で記載してください。

リスク評価

リスク評価では、推定したリスクを基にリスクレベルの算定を行います。
算定の際に用いる計算式は以下のとおりです。

重大性 × 発生確率 = リスクレベル

算定したリスクレベルは、次のステップで利用します。

リスクコントロール

リスクコントロールでは、リスクレベルを低減するために必要な手段の選定を行います。
手段は、以下の優先順位で選定します。

  • 設計によって本質的な安全を図る
  • 製造工程や機器本体に防護手段を設ける
  • 取扱説明書や添付書類などによる情報の開示

リスクコントロールを行う際は、上記の内、1つ以上の手段を利用しましょう。
なお、ISO 14971では上記以外にも定期的な安全保守・定期点検の実施もリスクコントロールに含めています。

実施した手段は文書化し、設計書などに明記する必要があります。
また、それぞれの手段が有効であることを示す記録を作成しましょう。

残留リスクの全体的な評価

医療機器の製造において、残留リスクの評価はより安全性を高めるうえで欠かせないプロセスです。
残留リスクを評価し、受容できないリスクレベルであると判断された際は、再度リスクコントロールを実施します。

受容できるレベルであれば、どの情報を開示するか・どの付属書類に明示するかを決定します。

なお、リスクレベルが低減できていない場合は、医学的効用と残留リスクを比較して判断しましょう。
万が一、医学的効用を上回るレベルでリスクが残留していた場合、当該医療機器の開発は中止しなければなりません。

また、残留リスクとは別に、リスクコントロールの実施によって新たなハザードが発生する可能性もあります。
ハザードが新たに発生する事態になった際は、リスクコントロールを再度行いましょう。

リスクマネジメント報告書

一連のプロセスが完了したら、リスクマネジメント報告書を作成します。

医療機器の製造者は、一連のリスクマネジメントのプロセスをすべて文書化し、リスクマネジメント報告書(リスク管理ファイル)として作成・維持しましょう。
リスクマネジメント報告書は、ISO 14971に準拠している証拠として機能します。

製造後の情報

医療機器のリスクに注意する期間は、製造過程の間だけではありません。
製造後にも新たなハザードや危険状態が生じていないか調査する必要があります。

また、製造過程において受容できると判断したリスクにも注意してください。
製造中には問題がないレベルでも、製造後にリスクレベルが上昇するケースは少なくありません。

加えて、製造後は顧客から寄せられた情報にも留意しましょう。
顧客から寄せられた情報は顧客苦情管理規定に基づき、適切に管理する必要があります。

もちろん、新たなハザードや危険状態が確認された際は、早急に対応しなければなりません。

法制度の改定があった際も、製造後の医療機器のリスクマネジメントを実施しましょう。
改定された内容によっては、新たな機能の追加や、既存の機能の修正が必要です。

医療機器におけるリスクマネジメントの注意点

医療機器におけるリスクマネジメントを行う際は、以下の注意点を意識しましょう。

  • リスクコントロールの優先順位に注意する
  • ALARPとAFAPの際に注意する
  • 医療機器によって評価基準が異なる場合がある
  • 安全教育を怠らない

適切にリスクマネジメントを行うためにも、必ず内容を把握しましょう。

リスクコントロールの優先順位に注意する

リスクコントロールを行う際は、優先順位に注意しましょう。
先述したように、リスクコントロールは優先順位が定められており、優先順位に沿って複数の対策を実施する必要があります。

優先順位が高い対策を組み合わせ、確実にリスクを低減しましょう。
しかし、リスクコントロールを実施しても、リスクが残留するケースがあります。

例えば、取扱説明書で安全に関する情報を開示しても、使用者が確実に情報を受けとるとは限りません。
使用者によっては、取扱説明書を読まなかったり、内容を無視したりする場合があるためです。

そのため、製造者は取扱説明書を読まなかった場合のリスクを想定する必要があります。

また、リスクコントロールによって残留リスクを含めたすべてのリスクが低減されないケースもあります。
その場合は、医学的効用と比較しながら、医療機器の製造の継続可否を判断しましょう。

ALARPとAFAPの差異に注意する

リスクマネジメントにおいて、リスクの低減は製造の継続を左右するほど重要なものです。
そのため、リスクを低減する際は、適切な手法を利用しましょう。

ISO 14971においては、リスクの低減はALARP(アラープ)を意識するように推奨されています。
ALARPは「As Low As Reasonably Practicable」の略称であり、「合理的に実行できる範囲まで」を意味します。

ALARPでは実行できる範囲までできるだけリスクを低減することにより、受容可能なリスクレベルを実現することを重視するものです。

ただし、医療機器によってはALARPではリスクの低減が不十分になる恐れがあります。
ALARPは過剰なコンプライアンスコストの発生を回避するために、企業の経済的合理性に配慮されているためです。

したがって、必要であると判断された場合はAFAP(As Far As Possible=「可能な限りリスクの低減」)に努めなければなりません。

一方で、AFAPの実施は開発コストを上昇させ、価格の高騰につながります。
結果的に患者への負担を増やす事態になるため、適切な塩梅で実施する必要があります。

医療機器によって評価基準が異なる場合がある

医療機器は種類に合わせて、適切な基準を用いなければなりません。

医療機器は使用するシーンや使用方法によって、生じるリスクが異なります。
ハザード・誤使用など、想定される要素が異なるため、同一の基準を用いると正しい評価ができません。

また、昨今はIT技術の発展により、サイバーセキュリティも重要な課題となりました。
オンラインで使用する医療機器に対しては、サイバーセキュリティにも配慮してリスク評価をする必要があります。

安全教育を怠らない

医療機器の使用者に対する安全教育は、リスクコントロールにおいて重要な対策です。

安全性に配慮して設計した医療機器でも、使用者の誤使用によって致命的な事故を引き起こすリスクは存在します。
安全情報の開示を行っており、使用者のスキルや知識によっては効果を発揮しない可能性もあります。

使用者に向けた安全教育は、製造過程では対応しきれないリスクの低減において不可欠な取り組みです。
アップデートなどを行った際も、適宜使用者への安全教育を実施しましょう。

伊谷 俊宜氏
伊谷 俊宜氏

医療機器の世界シェアにおいて、超音波診断装置やMRIなどの診断機器分野においてはそれなりの国際競争力を有していますが、放射線治療装置や人工関節など治療機器分野においては国際競争力が弱く、そのシェアはほぼ欧米企業が占めています。つまりは、日本の病院に導入されている医療機器の多くが海外製なのです。そのうえで、医療機器の誤作動や誤用による事故は、人の命にも関わる重篤なものになりかねないため、こうした医療機器のリスクマネジメントは非常に重要なものとなります。医療機器選定の際には、そのサポート体制も重要な選定理由となるでしょう。言うまでもないですが、医療機器は非常に高額であり、その導入は慎重に行われていることでしょう。そのうえで、実際に運用する際のリスクを予め製造者側と共有することも非常に重要です。

適切なプロセスで医療機器のリスクマネジメントを実施しよう

医療機器は患者の生命に影響を及ぼすため、リスクマネジメントが重要視されています。
製造者は医療機器のライフサイクルを踏まえつつ、正しいリスクマネジメントを実施しなければなりません。

リスクマネジメントを実施する際は、国際規格を遵守し、適切なプロセスで行いましょう。
万が一看過できない残留リスクが発見された際は、リスク評価とリスクコントロールを繰り返し、受容できるレベルにまで低減させる必要があります。

リスクマネジメントを行い、安全性が高い製品を送り出すことは、顧客の信頼を維持するうえで不可欠です。
手間を惜しまず、徹底的に実践しましょう。

監修:伊谷 俊宜

介護経営コンサルタント

千葉県佐倉市出身。大学卒業後、教育サービス業界に入社したが、障がい者との交流を機 に「高齢や障がいを理由に、不当な差別を受けることのない社会を作りたい」と、介護事業者の門をたたいた。これまで、数々の特別養護老人ホーム、 グループホーム、デイサービスの立ち上げ、運営に参画。現在は、“現場第一主義!”を旗印とし、高齢者住宅、デイサービスを中心に「人気の施 設づくり」を積極的にサポートしている。

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