ボディメカニクスとは?看護・介護の負担軽減に役立つ8原則も解説

2024.07.05

看護の仕事では、患者の移乗サポートなどで看護師や介護士に大きな負担がかかってしまいます。
看護や介護をしていて、腰を痛めてしまったり、腕を痛めてしまったりする経験もあるのではないでしょうか。

実際、看護や介護では、職員への身体的な負担が課題となっており、腰痛に悩まされる方が多く見られます。

移乗介助の負担を軽減し、腰痛を予防するには、ボディメカニクスの活用がおすすめです。
本記事ではボディメカニクスを活用できる場面や押さえておくべき8原則を解説します。

移乗介助に負担を感じている方は、ぜひボディメカニクスの技術習得を目指しましょう。

ボディメカニクスの意味とは?

ボディメカニクス(body mechanics)は、日本語で「身体力学」と訳されます。
身体にかかる負担を抑え、最小限の力で介助するための技術です。

具体的には、人間の関節や筋肉、骨が動作する際の力学的関係を利用します。
患者や物を動かす場合などに、身体に無理なく、合理的に動かしたり移乗したりできます。

日本看護協会の調査によると、社会福祉施設や医療保健業などで発生している業務上の疾病のうち、約8割が腰痛によるものだと発表しました。
また、看護職の5割〜7割が腰痛を抱えているとのデータも出ています。

これほど腰痛が深刻化している理由は、看護職に女性が多いこと・患者を起こしたり、移乗したりする機会が多いことが挙げられます。
腰に大きな負担がかかることの多い看護・介護の現場では、ボディメカニクスを習得すると、身体的な負担を軽減させられます。

参照:腰痛予防対策について|公益社団法人日本看護協会

ボディメカニクスの活用シーン

ボディメカニクスは、主に下記のような場面で役立ちます。

  • 起き上がるとき
  • 移乗するとき(車いす・ベッド間など)
  • 体の向きを変えるとき
  • 立ち上がるとき
  • 座らせるとき

ボディメカニクスの活用シーンごとに、移乗介助のポイントを紹介します。

起き上がるとき

患者がベッドから起き上がるときは、ベッドの高さを調節して、身体を小さくまとめてもらうことでボディメカニクスを活用できます。

患者を起こす際には、自分の腕を患者の首と膝の下へ入れます。
持ち上げた後は、おしりを支点にして動けば、腰への負担を軽減できます。

移乗するとき(車いす・ベッド間など)

車いすからベッドへ移動するなど、移乗する際にもボディメカニクスを活用できます。

車いすからベッドへの移乗時はまず、ベッドを車いすより少し高い位置へ調節します。
看護者は足を前後に開き、前の足を相手の両足の間に入れてください。

次に、患者の腕を看護者の方に回してもらい、身体を持ち上げます。

持ち上げた後、患者は足先を車いすに向けながら方向転換します。
座るときには一緒に腰を落として、ゆっくり座るようにしましょう。

体の向きを変えるとき

ベッド上で体位変換を行う場合にも、ボディメカニクスで負担を軽減できます。

患者に身体を小さく丸めてもらい、手前に引く力で体位変換ができます。
褥瘡(じょくそう)予防のために体位変換を頻繁に実施しますが、ボディメカニクスを使えば、看護師が少ない力で患者の体勢を変えられます。

立ち上がるとき

患者が立ち上がるときにも、看護師は支えてあげなければいけません。
その際に、ボディメカニクスを活用しましょう。

患者の腕を看護師の肩に回してもらい、腰を落とした状態から一緒に立ち上がります。
立ち上がるときは、患者と身体をできるだけ密着させることで安定します。

座らせるとき

ボディメカニクスは立ち上がる動作と反対に、座るときにも活用できます。

座るときは、立ち上がるときと同様、身体をできるだけ近づけて一緒に腰を落としてください。
看護師と患者の重心をできるだけ合わせると安定感を保てます。

看護で使える「ボディメカニクスの8原則」

ボディメカニクスには以下のとおり、8つの原則が定められています。

  • 支持基底面積を広くとる
  • 重心を下げる
  • 患者との重心を近づける
  • 患者の体をねじらず、小さくまとめる
  • 身体全体を利用し、大きい筋肉を使う
  • 水平移動を行う
  • 患者を引く動作を意識する
  • てこの原理を用いる

ボディメカニクスを実施する際は、8原則を理解しておくと、安定感を保って負担軽減が可能です。
8原則についてそれぞれ以下で紹介します。

1.支持基底面積を広くとる

身体を支えるための基盤である「支持基底面積」を広くとりましょう。

支持基底面積とは、身体を支えるための床面積(範囲)のことです。
立っている状態では、両足の底とその間を結んだ部分が支持基底面積にあたります。

支持基底面積を広く確保すると、患者の身体が安定し、腰への負担が軽減します。

反対に、足を広げずに重いものを持とうとすると、支持基底面積が狭いため安定感がなく身体への負担を増大させます。
足は肩幅程度に広げ、前後にずらした状態で立つと支持基底面積を広く確保可能です。

2.重心を下げる

重心を下げることで、安定して介助できます。

相撲をイメージすると分かりますが、お互いに強い力で押し合う際は、腰を低く落として重心を低い位置で保っています。
一方、バランスを崩して重心が上がった際は、比較的弱い張り手で押し出されています。

つまり、重心の位置を下げることで身体のバランスが安定しやすいのです。
なお、重心が高いとぎっくり腰などのリスクを高めてしまいます。

腰を曲げるのではなく、太ももの筋肉を使うイメージで膝を曲げて重心を下げましょう。
また、重心は支持基底面積の中心に入っていると、より安定感が高まります。

3.患者との重心を近づける

患者と看護師の身体を密着させ、重心を近づけましょう。

両者の重心が近い方が、安定しやすくなります。

また、重心が近いと、持ち上げたり、横へ移動したりする力が伝わりやすくなり、より小さな力で介助が可能です。
安定感も増し、介護の身体的な負担を軽減してくれます。

4,患者の体をねじらず、小さくまとめる

患者の身体をできるだけ小さくまとめると、動かしやすくなります。
これは、力が分散されにくく、摩擦を減らせるためです。

また、看護師・患者ともに身体をねじってしまうとバランスを崩しやすく、力がうまく伝わりません。
患者には腕をクロスさせたり、膝を曲げてもらったりなどして、身体をねじらずに小さくまとめてもらいましょう。

5.身体全体を利用し、大きい筋肉を使う

腕だけの力に頼らず、身体全体を使うことを意識しましょう。
腰・脚・背中といった大きな筋肉を同時に使うイメージです。

身体の一部分にだけ負荷がかかることを避け、負担を分散させます。
特に背中や太ももなど大きな筋肉を使えば、腰への負担を軽減できます。

6.水平移動を行う

移乗する際には、持ち上げる・おろすなど縦の動きではなく、横の動きを意識しましょう。

縦の動きは、腰に直接負荷がかかるため、腰痛の原因になります。
水平に移動する動きは重力の影響が比較的少ないため、より小さな力で移動できます。

ベッドと車いすの移動は、それぞれの高さをできるだけそろえた状態で行うと良いでしょう。

7.患者を引く動作を意識する

手前に引くイメージで力を加える方が、より小さな力で動かすことができます。

例えば、起き上がる際には、患者の横に立って起き上がらせるのではなく、手前に引く位置から身体を引くようにして介助します。
押す動作は腰に余分な負荷がかかりやすいため、手前に引くイメージで力を加えましょう。

8.てこの原理を用いる

より小さな力で動かすために、てこの原理を活用しましょう。
力を加える場所の力点と作用する場所の作用点、間に支えとなる支点を置きます。

例えば、起き上がる場合には看護師が力を入れる部分を力点、起き上がる患者の足を作用点、患者の臀部を支点と捉えましょう。

看護師は患者の肩甲骨あたりまで腕(力点)を回します。
支点を中心に円を描くようなイメージで足をおろします。
てこの原理を用いて支点を中心に動かせば、小さな力で介助が可能です。

看護現場でボディメカニクスを活用するメリット

看護現場でボディメカニクスを活用すると、以下のメリットがあります。

  • 看護従事者の身体的負担を軽減、腰痛予防
  • 患者の負担を軽減
  • 患者の安心感につながる

メリットを把握して、ボディメカニクスの習得を目指しましょう。

看護従事者の身体的負担を軽減、腰痛予防

ボディメカニクスをうまく活用できれば、看護従事者の身体的な負担を軽減できます。
看護分野の多くの従事者が抱える腰痛の予防にも効果的です。

小さな力で動かせるため、身体全体へのダメージを抑えられるためです。

また、大きな筋肉を使うため、身体の一部分に負荷がかかることなく、腕や腰を痛めてしまうリスクを回避できます。

患者の負担を軽減

ボディメカニクスは、看護師のみならず、患者にとってもメリットがあります。

患者にとっても、必要以上に強い力で押されることがないため、身体的負担の軽減につながります。
身体がねじれてしまうなど、無理な体勢になることなく介助を受けられます。

無理やり身体を動かされるわけでないため、身体の一部分だけを痛めることがありません。

患者の安心感につながる

安定感を保った移動が可能になるため、患者の安心感につながります。

また、患者の身体的負担が軽減されたことで患者のストレス緩和にもつながり、患者との良好な関係を保てます。
患者・看護師の双方が移動することへのストレスを感じることなく、余裕を持ってのぞめます。

伊谷 俊宜氏
伊谷 俊宜氏

私も長く現場を経験し数多くびっくりする経験をしてきました。その中の一つに、ある病院の小柄な女性看護師が、180cm以上の身長で100kg近い体重の四肢麻痺の男性患者を、ボディメカニクスを駆使して、いとも簡単にお一人で車椅子移乗していたというものがあります。当時そこまでのスキルが無い私にとっては衝撃的な光景でした。同時に移乗動作は本当に『力』ではないのだなと感じたものです。当時はあまりYouTubeも普及しておらず、活用されていなかったので、こういったスキルは特定の方からのレクチャーや研修を受ける必要がありました。現在では、YouTubeでこうした動画も丁寧に解説されています。看護・介護に関わらず自分の体をしっかり守るためにも、スタッフ間でこういった動画視聴と実践を繰り返すことをお勧めします。

ボディメカニクスを行う際の注意点

ボディメカニクスをうまく活用するには以下2つの注意点を意識してみましょう。

  • 患者にも協力してもらう
  • 患者へ声かけする

いずれもより安定し、負担軽減した移動支援のために必要なポイントです。

患者にも協力してもらう

ボディメカニクスを活用して支援を行う場合には、患者にも協力してもらえば、よりスムーズに介助できます。

例えば、身体をできるだけ小さく丸めてもらえば、方向転換をより小さな力で行えます。
また、両者の重心を近づけるために、身体を近づける・肩に腕を回すなども協力が必要です。

もちろん、患者の症状や健康状態によって、協力できることは異なります。
そのため、介助の際は患者ができることを見極め、負担をかけない範囲で協力してもらいましょう。

患者へ声かけする

ボディメカニクスを活用しながら介助を行う際には、患者への声かけが大切です。

適切な指示がないままに身体を動かされると、反射的に力が入ってしまい、負担を増大させてしまいます。
患者としても、不安な気持ちでは協力的な動きがとれません。

「身体を起こします」「身体を右に向けます」といった、動作を患者へ知らせてから、介助を行いましょう。
適切にコミュニケーションを図っていれば、双方のストレス軽減やよりスムーズな介助へつながります。

患者ができることは自力で行う

患者が自力で動ける範囲は、自力で動いてもらうことも大切です。

看護の現場ではリハビリが必要な患者への介助を行う場合もあります。
すべての動きに介助をしてしまうと、患者の身体機能の回復を妨げることにつながりかねません。

身体を小さく丸める、看護師に自分でつかまる、などボディメカニクスの実施にあたり、患者に協力してもらえる部分はできるだけお願いして進めましょう。

また、どの程度介助が必要かは適切なアセスメントを実施したうえで判断します。
担当する看護師によって介助の程度が異なると患者の混乱を招くため、看護計画に患者の状態を都度記録し、共有しましょう。

ボディメカニクス以外で看護従事者の負担を軽減する方法

ボディメカニクスを活用しているとはいえ、看護師への負担がまったくなくなるわけではありません。
腰痛だけでなく、身体的負担を軽減し、看護師の長く安定したキャリア形成のためには、補助用具などの活用も有効です。

看護師の負担を軽減できる方法を紹介します。

補助用具を活用する

補助用具を使用すれば、少ない負担で方向転換などの介助が可能です。

例えば、滑りやすい布でできたスライディングシートがあります。
体位変換が必要な患者のベッドに敷いておけば、スライディングシートの上を滑らせることができ、体位変換を楽に行えます。

また、スライディングボードなどの福祉用具も便利です。
ストレッチャーとベッドの移動や車いすとベッドの移動など、移動がスムーズになります。

介護ロボットを利用する

介護ロボットを利用するのも、一つの手だてです。
一人で立ち上がるのが困難な場合には、移乗支援ロボットを活用すれば、看護師による介助なしに立ち上がり、移動が可能になります。

また、移動式のリフトなどは、一台で多くの患者が利用できます。

ボディメカニクスを活用し、看護従事者の負担を軽減させよう

ボディメカニクスは8原則を理解して活用すれば、患者の負担を大きく軽減させることが可能な技術です。
習得して看護の現場に活かして、看護師・患者双方が心身ともに負担を少なく生活できる環境を目指しましょう。

一方で、ボディメカニクスを習得したからといって、患者の負担がゼロになるわけではありません。
補助用具や介護ロボットを導入し、活用すれば、看護師の負担をさらに軽減させ、腰痛をはじめとする身体的な負担を軽減させられます。

少しでも看護師の負担を軽減しながら、より良い看護環境を提供するために、補助用具や介護ロボットの導入も検討してみてはいかがでしょうか。

監修:伊谷 俊宜

介護経営コンサルタント

千葉県佐倉市出身。大学卒業後、教育サービス業界に入社したが、障がい者との交流を機 に「高齢や障がいを理由に、不当な差別を受けることのない社会を作りたい」と、介護事業者の門をたたいた。これまで、数々の特別養護老人ホーム、 グループホーム、デイサービスの立ち上げ、運営に参画。現在は、“現場第一主義!”を旗印とし、高齢者住宅、デイサービスを中心に「人気の施 設づくり」を積極的にサポートしている。

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