看護の多重課題は5つの視点による優先順位付けで解決しよう!

2024.07.16

病院に務める看護師にとって、多重課題は日常的に起こり得る避けては通れない課題です。
事実、多重課題に頭を悩ませる看護師や、院内の多重課題解決への対応へ真剣に乗り出している管理者の方も少なくないでしょう。

本記事では多重課題の解決に効果的な優先順位付けについて紹介します。
また、多重課題に向けての研修内容についてもまとめていますので、ぜひご確認ください。

看護の多重課題の優先順位を判断する5つの項目

看護師が看護現場で多重課題に遭遇するケースは日常茶飯事です。
多重課題とは、ある患者のケアをしているときに、他の患者からケアを求められるなど、複数の事柄の同時遂行を求められることです。

そのため、複数の患者からのケア要求を満たすためには、優先順位を意識することが大切です。
その点において、多重課題へ適切に対応するための優先順位付けは、日常的に発生する複数患者からのケア要求を満たすために欠かすことのできない重要なスキルと言えるでしょう。

しかし、看護の優先順位付けに悩む看護師が多いのも事実です。
まずは、看護の優先順位を判断する際の判断基準となる下記5つの視点を解説します。

  1. 生命の維持
  2. 安全管理
  3. 報告と応援の要請
  4. 時間管理
  5. ほかの患者さんへの配慮

以下で上記に挙げた各視点の詳細と注意点を解説するので、看護の優先順位付けをする際の参考にしてください。

生命の維持

判断基準の中でもっとも重要な視点は、「生命の維持」です。
現場で多重課題が起きた際は、まずケアを求める患者に「生命の危険があるか」を判断するようにしてください。

なお、一見問題なさそうな症状だとしても、患者の病状によっては突然容態が変わる可能性も否めません。
そのため、患者の病歴や傾向も踏まえた上で、すぐに対処すべきかどうかを決定するようにしてください。

安全管理

「生命の危険があるのか」の判断において問題なくても、忘れてはならないのが「安全管理」の視点です。

優先順位を判断する上で、もっとも重要なのは「生命の危険があるか」の視点ですが、その次に重要なのが患者さんの「安全を守る」になります。

下記が具体的な例です。

トイレ介助のためにAさんを移乗中、椅子に座っているBさんから、「トイレにいきたい」とケアを求められた。
Aさん:40代。意識レベルクリア。移動は車椅子で移乗時は介助が必要
Bさん:80代。認知症。足に筋力低下があり歩行介助が必要。

上記場面における安全管理上において、順序どおりAさんを先にトイレへ連れて行くと、トイレに急ぐBさんが1人で行動し、転倒する恐れがあります。
したがって、転倒リスクを防止することを踏まえた優先順位の判断が必要です。

報告と応援の要請

多重課題の解決は優先順位を付けるだけで万全ではありません。
多重課題に対して1人で対応しようとすると、事故やトラブルに発展する可能性がでてきます。

安全管理上でリスクが生じると思ったら、すぐに応援を要請してください。
先程の例で考えると、認知症のあるBさんに「後で対応するので、少し待っていてください」と言っても、下記の結果となる恐れがあります。

  • Bさんから理解を得られず、1人で動いて転倒する
  • 我慢できずに失禁する

また逆に、Bさんを優先してた結果、Aさんが失禁してクレームにつながるかもしれません。
多重課題を解決するための優先順位付けのスキルも必要ですが、すべてを自分一人で解決しなければならないわけではありません。

応援の要請も、多重課題を解決する正しい方法だと理解しておいてください。

時間管理

患者に「生命の維持」と「安全管理」でリスクがないと判断できたら、次は「時間管理」の視点で優先順位の判断を行ってください。
「時間管理」の視点とは、患者から要請されたケアにどれくらいの時間を要するかの視点で優先順位を判断をすることです。

例えば、Aさんから数分で完了するケア依頼があり、なおかつBさんからは数十分で完了するケア依頼があったとします。
もちろん、依頼内容の緊急性・重要性によっても異なりますが、基本的には短時間で完結する「Aさんの優先度が高い」と判断します。

依頼内容に応じて優先度を考える必要はありますが、差し迫った依頼でない以上は短時間で完結する方を優先してください。 

他の患者さんへの配慮

多重課題の対象となる患者だけでなく、他の患者さんへの配慮も忘れないようにしてください。
これは多重課題に直面した多くの看護師が陥りやすいことですが、忙しさに気を取られて下記のように他の患者への配慮が欠けるケースがあるためです。

  • 他の患者への対応・態度がきつくなる
  • こなすべき課題を忘れる
  • 「ちょっと待っててください」などと患者に抽象的な指示をする

以上のように適切な対応を欠いた行動が事故やトラブルなどにつながる恐れがあります。
忙しいときにこそ丁寧な対応を欠かさないことこそが、多重課題をうまく解決するポイントの一つになることを覚えておきましょう。

看護で優先順位の決定が必要になる場面

ここでは実際の看護現場で、どのような多重課題が起こりうるのかについて、具体的な2つの発生例を紹介します。

多重看護の発生例1.

多重看護の発生例1つ目は、以下のシーンです。

看護師であるあなたが大部屋でAさんの清潔ケア中に、同室のBさんに「トイレに行きたい」と頼まれる。
その時に、同室のCさんの点滴ポンプアラームが鳴った。
(登場人物)
患者A:認知症既往のある術後患者。安静度はベッド上まで。
患者B:術後の経過良好で来週退院予定。安静度は見守り歩行。
患者C:自力歩行ができる患者。20ml/hで点滴(補液)を持続投与中。

このケースはどの患者も生命維持の視点において問題ないので、次に優先すべき安全管理の視点から優先順位を決めるのが良策です。
そのため、ナースコールで他の看護師にBさんの介助とCさんのポンプアラームの対応依頼をするのが正しい優先順位の決定になります。

多重看護の発生例2.

続いて、発生例2つ目は、以下のシーンです。

看護師であるあなたがAさんをトイレに連れて行っている道行きで、廊下の椅子に座っていたBさんから「トイレに連れて行ってほしい」と頼まれる。
(登場人物)
患者A:認知症既往はないが、自力歩行できず車椅子移動。安静度はベッド上まで。
患者B:軽度の認知症既往があるが、自力歩行ができる患者。安静度は見守り歩行。

このケースでの優先順位付けも先の例と同じ考え方です。
両名とも生命維持の視点において問題ありませんが、安全管理の視点では、どちらかを優先すると「患者A:失禁」「患者B:転倒」のリスク発生が懸念されます。

そのため、ナースコールで他の看護師に応援要請し、応援が到着した時点で一方の患者のケアを任せて双方の患者に対応するのが正しい優先順位付けです。

多重課題研修の基本的な流れ

多重課題への対応力を強化するために、自施設で研修に取り組むケースも多いでしょう。
もちろん、院内の状況や従業員のスキルレベルによって異なりますが、基本的にはどの医療施設も以下の流れで研修を実施します。

  1. DVDなどの教材を使った学修
  2. デブリーフィングの実施
  3. シミュレーションの実施
  4. フィードバックを行う

多重課題研修は、複数の患者を受け持つことになる新人看護師に向けて実施される研修で、主に先輩看護師が研修の指導に当たるのが一般的です。
以下で各研修内容についてどのような研修が実施されているのかを解説するので、多重課題研修を実施する際の参考にしてください。

DVDなどの教材を使った学修

DVDなどの教材を使った学修は、下記内容を見て学ぶ研修です。

  • 看護現場において直面しやすい多重課題の例
  • 多重課題の対応のポイント
  • 多重課題の優先順位を判断する根拠
  • 多重課題の失敗事例

この研修の目的は、多重課題の基本的な対応スキルを得ることです。
このあとの研修で実施するシミュレーションなど、実技での対応を頭でイメージさせる目的があることも併せて意識するようにしてください。

デブリーフィングの実施

DVDなどの教材で基本的な多重課題の対応スキルを身につけた後は、今までの経験を元に多重課題のデブリーフィング(振り返り)をメインとしたグループディスカッションを実施します。
多重課題はケースによって適切な対応方法が異なるため、グループディスカッションにて先輩看護師の経験を、新人看護師へと教育していきましょう。

シミュレーションの実施

DVDによる教材研修とデブリーフィングを実施したら、次は多重課題のシミュレーション・ロールプレイングを実施します。
看護師が患者役となり、3〜5分程度の限られた実施時間内で下記をチェックします。

  • 時間内に対応できるか
  • 適切な優先順位で対応できるか

シミュレーション・ロールプレイングは、新人看護師が所属する担当部署にあわせた設定内容で実施しましょう。
このシミュレーション・ロールプレイングはビデオ撮影され、今後の研修や以降のフィードバック時に活用されることもあります。

フィードバックを行う

シミュレーション・ロールプレイング実施後には、多重課題研修における最終工程となるフィードバックの実施です。
先程のシミュレーション・ロールプレイングの撮影ビデオや記録資料を見ながら、指導者である先輩看護師からフィードバックを行ってください。

フィードバックでは、シミュレーションの「どこが・どのようにダメでどう改善すれば良いか」を具体的かつ正確に示すことが大切です。
抽象的な指摘では誤解を招く恐れがあるため、できるだけ詳しく指摘・評価しましょう。

スキル習得に重要な多重課題研修のポイントは?

多くの医療施設で実践されている看護師の多重課題研修には、医学界新聞で推奨されているメリルの「IDの第一原理」が取り入れられています。
メリルの「IDの第一原理」とは、教育研究者のM・デイビッド・メリルが提唱した、効果的な学習環境を実現するために必要な下記5つの要素とその取り組み方のことです。

要素取組方法
現実世界の課題現実に起きそうな問題に取り組む
活性化これまでに身につけた知識を生かす
例示解決策を例として示す
応用現場での活用と結びつける
統合振り返りを行う

上記5つの「IDの第一原理」に基づく多重課題研修のポイントとなる5つの要素を順追って詳しく解説するので、多重課題研修実施時の参考にしてください。

現実に起きそうな問題に取り組む

メリルの「IDの第一原理」を用いた多重課題研修においては、現実に起きそうな問題に取り組むことが大前提とされています。
現実に起きそうな多重課題に取り組むことで、実際の看護現場でどう活用できるかといった具体的イメージを持ちやすくなります。

ポイントは、看護現場で発生する多重課題を、事例として正確に取り上げられるかにかかっています。 
できるだけ詳細にシミュレーション構成を想定し、実際に発生する多重課題を抽出してください。

これまでに身につけた知識を活かす

メリルの「IDの第一原理」では、経験で身に着けた知識を「活かす」ことも重要視しています。
多重課題研修でのシミュレーションやディスカッションにおいて、看護師として得た知識を活用した結果、下記のように実感させられれば知識のアップデートにつながるでしょう。

  • 今の自分の知識レベルでは不十分
  • 新しい知識の吸収が必要

ポイントは、最初から正解を示さず、まずは看護師にどうすれば良いかを考えさせることです。
研修を受ける看護師に思考させることで、「今の自分に何が足りないのか?」を自覚させられます。

そのため、多重課題研修の責任者には、看護師が研修を受講したことで「知識のアップデートが必要だ」と思わせる研修プログラムを立案する手腕が求められるのです。

解決策を例として示す

新人看護師に一連の情報を伝えた後は、解決策を例として示します。
解決策の例とは、事例Aの多重課題に対し、「どのような優先順位をつけるのか」「なぜそのような優先順位になるのか」を説明するなどです。

解決策を具体例として示すことで、これまで「断片的な知識」として認識していた情報の応用がしやすくなります。
言い換えれば、新人看護師が持つ知識の点と点を、線でつなげる役割があります。

新人看護師に患者の情報や優先順位の付け方などを説明した後に、解決策の例を示すことで、研修で得た知識を現場で応用しやすくなります。

現場での活用と結びつける

メリルが「IDの第一原理」で提唱しているのが「現場での活用との結びつけ」です。
解決策を例として示したことを現場での活用と結びつけるためのシミュレーションを実施して、実際の看護現場で応用できるかを確認してみましょう。

ポイントは新人看護師が多重課題研修で得た知識を応用できるシチュエーションを多く設けることです。
なお、このシミュレーションで看護師がミスをしてもとがめてはいけません。

なぜそのような対応をしたのかをヒアリングした上で、正しい対応策・根拠を提示してください。
シミュレーションはあくまで研修で学んだ知識と現場での活用とを結びつける練習問題と考え、あらゆるケースのシミュレーションを用意して、多くの経験を積ませることが大切です。

振り返りを行う

メリルの「IDの第一原理」に基づく多重課題研修は、「振り返り」をもって終了します。
メリルの「IDの第一原理」は、「学習者一人一人が他者との関わり合いをとおして知識を構築していく過程が学びである」という構成主義がベースになった考え方です。

そのため、指導者である先輩看護師は、「新人看護師が多重課題研修を受講して何を得たか?」をヒアリングし、最終的な助言をする必要があります。

伊谷 俊宜氏
伊谷 俊宜氏

病院は治療の場であり、目的を明確にしやすいため、比較的優先順位を決定しやすい環境にあります。それでも、迷ってしまうことはあると思いますが、文中の優先順位判断基準で決定していくことは有効でしょう。優先順位は環境で大きく変化します。例えば、これが病院ではなく、介護施設(特養、有料老人ホーム等)であった場合はどうなるでしょうか。この場合はそれぞれの施設のカラーで優先順位が変化していきます。高齢者福祉で永遠の課題として、自由と安全のバランスが挙げられます。自由を訴求すれば、転倒など事故リスクは増加しますし、安全を訴求すれば自由が制限されます。このように完全に二律背反の関係にあるのです。どちらに寄せていくのかが各施設のカラーとなります。この場合自施設のカラーに沿った優先順位を構築する必要があるのです。

正しく優先順位をつけ、看護の多重課題に備えよう

初めて複数の患者への対応を要する新人看護師にとって、多重課題への正しい対応は避けて通れない最難関の課題です。
多重課題の解決策は適正な順位付けですが、この順位付けのスキルはコツがわかったとしても一朝一夕で身につけられるスキルではありません。

医療機関の事業主主体で、多重課題研修に取り組んでいくしか、看護師のスキルアップは期待できないでしょう。
多重課題研修は新人看護師だけでなく先輩看護師のスキルアップも図れる一石二鳥の機会です。

担当者は今回の記事を参考にして、効果のある多重課題研修開催に取り組んでください。

監修:伊谷 俊宜

介護経営コンサルタント

千葉県佐倉市出身。大学卒業後、教育サービス業界に入社したが、障がい者との交流を機 に「高齢や障がいを理由に、不当な差別を受けることのない社会を作りたい」と、介護事業者の門をたたいた。これまで、数々の特別養護老人ホーム、 グループホーム、デイサービスの立ち上げ、運営に参画。現在は、“現場第一主義!”を旗印とし、高齢者住宅、デイサービスを中心に「人気の施 設づくり」を積極的にサポートしている。

医療に関連するコラム

資料をダウンロード

製品・ソリューションの詳細がわかる総合パンフレットを無料でご覧いただけます

ダウンロードはこちら
検討に役立つ資料をダウンロード

製品・ソリューションの詳細がわかる総合パンフレットを無料でご覧いただけます

ダウンロードはこちら