医療リスクマネジメントとは?事故を防ぐ取り組みと対策事例を解説

2024.10.17

医療現場における医療事故やヒヤリハットを防止するために、リスクマネジメントが大切です。
リスクマネジメントは、リスクの特定から分析、対策立案、結果の評価までを行い、損失の発生を予防します。

医療現場における患者への被害と、事業所の利益損失を防ぐため、リスクマネジメントを徹底しましょう。
本記事では、医療リスクマネジメントを実施する手順と具体的な取り組みを解説します。
医療現場で発生しやすい医療事故やヒヤリハットの事例もあわせて解説するため、ぜひ最後までご覧ください。

医療リスクマネジメントとは

医療リスクマネジメントとは、医療の質や安全性を高めて患者や医療従事者に危害や損失が起きないようリスクを抑制する取り組みです。
1920年代に欧米で定義され、1970年代にアメリカの医療業界で経営手法として広まりました。

日本では1998年に日本医師会が公表した「医療におけるリスク・マネジメントについて」で医療リスクマネジメントが取り上げられ、医療業界の課題を可視化する経営手法として注目されました。
医療現場では、重症患者の場合は生命まで左右するため、医療事故やヒヤリハットを防止する取り組みが必要です。

そもそもリスクマネジメントとは、リスクを組織的に管理し損失を軽減する取り組みを意味します。
医療リスクマネジメントでは、医療機関や患者など医療現場に携わる人々が危害にあわないようリスクを管理します。

医療リスクマネジメントについて理解を深めるため、次のポイントを確認しておきましょう。

  • 医療リスクマネジメントの目的
  • 医療機関に求められるリスクマネジメント

医療リスクマネジメントの目的

医療リスクマネジメントの目的は、次のとおりです。

  • 質の高い医療サービスを継続的に提供する
  • 医療事故を未然に防ぎ、安全な医療サービスを提供する
  • 医療従事者の労働安全と健康を守る
  • 医療機関の信頼性と社会的評価を守る
  • 医療事故による損害賠償など金銭的リスクを防止する

医療リスクマネジメントを実施する目的は、医療事故を防ぎ安全で質の高い医療サービスを提供し続けるためです。

また医療事故やヒヤリハットを防ぎ、医療機関や医療従事者へ被害が及ばないよう対策します。

医療機関が被る可能性のある被害としては、社会的信用や評価の低下、損害賠償や業務停止などの経済的損失が挙げられます。

医療機関に求められるリスクマネジメント

医療機関が実施するべきリスクマネジメントは、大きく分けて次の2種類です。

  • ファイナンシャルリスク
  • ビジネスリスク

各リスクを防ぐために、事業所内で必要な対策を実施しましょう。

ファイナンシャルリスク

ファイナンシャルリスクとは、医療施設の経営的なリスクです。
医療事故による損害賠償請求や社会的信用の低下など、医療施設の経営悪化を防ぐための対策を講じます。

ファイナンシャルリスクの対策として、内部監査システムを構築したり経営管理を行ったり、ベンチマークによる管理統括が挙げられます。

ビジネスリスク

ビジネスリスクとは、仕事上で発生するリスクを意味し、医療現場における医療事故や医療紛争が該当します。
医療事故や医療紛争が起きる要因は、主に次のとおりです。

  • 人的要因(知識や技術の未熟性、ヒューマンエラーなど)
  • 施設要因(施設の診察能力不足、病室不足など)
  • 設備的要因(設備の機能不足、最新設備の導入不足など)
  • 組織的要因(情報共有の遅延や未熟、事故対策の未熟など)
  • 環境的要因(院内の温度・湿度管理、医療従事者の不足など)

ビジネスリスクは、上記の要因を対策し、医療事故や医療紛争が起こらない職場づくりを実施します。
そのため、事業所ごとの課題や想定されるリスクを洗い出し、対策を講じる必要があります。

医療現場で発生しやすい医療事故やヒヤリハットの事例

医療リスクマネジメントを実施する際は、実際に発生しやすい医療事故やヒヤリハットの事例を把握しておくことが大切です。
どのようなリスクが潜んでいるのか知っておけば、事前に対策を講じられます。

公益財団法人「日本医療機能評価機構」が実施した調査によると、2022年度に参加登録医療機関で集計した、医療現場で発生しやすい医療事故やヒヤリハットの事例は次のとおりでした。

事故の概要医療事故の件数(%)ヒヤリハットの件数(%)
薬剤410(7.7)12,681(39.8)
輸血13(0.2)119(0.4)
治療、処置1,724(32.4)1,357(4.3)
医療機器など150(2.8)1,374(4.3)
ドレーンやチューブ417(7.8)4,191(13.2)
検査249(4.7)2,349(7.4)
療養上の世話1,653(31.1)6,283(19.7)
その他697(13.1)3,503(11.0)
参照元:医療事故情報収集等事業 2022年 年報|公益財団法人「日本医療機能評価機構」

各事例を解説するため、医療現場でどのようなリスクが潜んでいるか理解しておきましょう。

薬剤に関する医療事故やヒヤリハット

薬剤に関するリスクは、薬剤の量を誤ったり注射器に準備された薬剤を間違えたりする医療事故やヒヤリハットが挙げられます。
特に薬剤に関するヒヤリハットは、1年間で12,681件(全体の39.8%)と高い数値を記録しており、量や種類を間違えやすい傾向にあります。

中には併用してはならない禁忌薬剤の投与や、小児への薬剤を10倍量間違える事故なども発生しており、取り扱いには十分な注意が必要です。

輸血に関する医療事故やヒヤリハット

輸血に関するリスクは、輸血する患者を間違えたり異なる血液型を注射したりする医療事故やヒヤリハットのことです。
1年間での医療事故は13件と発生率は低いものの、ヒヤリハットは119件も起きており、さらに全体の0.4%ですが輸血を誤るミスが発生しています。

実際に、輸血伝票と輸血用血液製剤は照合しても、患者との照合を怠ったため、輸血する患者を間違えたり異なる血液型を輸血したりする事故が起きました。

治療や処置に関する医療事故やヒヤリハット

治療や処置中にも医療事故やヒヤリハットが発生します。
1年間で発生した医療事故のうち1,724件(全体の32.4%)が治療や処置中に起きており、もっとも発生確率が高いです。

治療や処置を行う医師も人間なため、ヒューマンエラーが発生する可能性はゼロではありません。
ヒヤリハットだけでも1,357件(全体の4.3%)起きており、医療ミスを防ぐ対策が必要です。

医療機器に関する医療事故やヒヤリハット

医療機器に関する医療事故やヒヤリハットは、例えば未滅菌の手術用器械を消毒済みだと勘違いして、手術で使用してしまうことなどです。
また医療機器の不具合で、患者の容態に悪影響を与えた事例もあります。

医療機器に関する医療事故は1年間で150件(全体の2.8%)、ヒヤリハットは1,374件(全体の4.3%)発生しています。

ドレーンやチューブに関する医療事故やヒヤリハット

手術や治療中に使用するドレーンやチューブでも、医療事故やヒヤリハットが発生しているため、扱いには注意しましょう。
具体的には、胸腔ドレーンバッグの誤った使用により胸腔を大気に開放した事例や、胸腔ドレーンを挿入する際に左右を取り違える事例が報告されました。

原因としては、ドレーンやチューブの取り扱いに関する知識や経験が不足しており、取り扱いを誤ったことで医療事故が発生しました。
ドレーンやチューブに関する医療事故は1年間で417件(全体の7.8%)、ヒヤリハットは4,191件(全体の13.2%)も発生しています。

検査に関する医療事故やヒヤリハット

検査に関する医療事故やヒヤリハットは、診察中や検査中に起こりえるリスクが報告されました。
具体的な事例としては、放射線検査や診察時に患者を取り違えたり、抗がん剤投与前の血液検査値を確認していなかったりと、重大なミスが発生しています。

検査に関する医療事故は1年間で249件(全体の4.7%)、ヒヤリハットは2,349件(全体の7.4%)と、事故に至らずともヒヤリハットの発生率が高いです。

療養上の世話に関する医療事故やヒヤリハット

療養上の世話に関する医療事故やヒヤリハットは、入院中の患者に危害を与えた、または与える可能性があった事例です。
具体的には、入院中に発生した転落や転倒事故、医療従事者の不注意による不適切な行動が該当します。

食物アレルギーがある患者にアレルゲンを含む病院食を提供したり、ナースコールを呼べずにヒヤリハットへつながったりと、要因はさまざまです。
療養上の世話に関する医療事故は1年間で1,653件(全体の31.1%)、ヒヤリハットは6,283件(全体の19.7%)と発生率が高いです。

医療リスクマネジメントを実施する手順

医療リスクマネジメントを実施するためには、正しい手順を理解しておかなければなりません。
医療リスクマネジメントを実施する手順は、次のとおりです。

  1. リスクを特定する
  2. リスクを分析する
  3. リスク対策を立案する
  4. 対策の結果を評価する
  5. 結果を評価する

リスクを特定する

医療リスクマネジメントを実施するには、まずどのようなリスクがあるか特定しなければなりません。
起こりうるリスクを思いつくだけリストアップするため、従業員にアンケートを実施しましょう。

また事業所で過去に発生した医療事故やヒヤリハット、他社の事例を参考にリスクを特定してください。
重要なポイントは、「起こらないはず」と考えているリスクや想像もしたくないリスクも含めて洗い出すことです。

思いつくリスクはすべてリストアップして、次のステップへ進みましょう。

リスクを分析する

次は、ステップ1で洗い出したリスクを分析します。
過去のインシデント報告やヒヤリハット事例を参考に、発生率と影響度を分析してください。

特定したリスクの中で、発生率と影響度が高いものを重点的に対策する必要があります。
「なぜリスクが高いのか」発生する確率と原因を分析し、医療事故やヒヤリハットを予防するための対策を検討しましょう。

リスク対策を立案する

分析したリスクが発生しないよう、具体的な対策を立案する必要があります。
マニュアル作成や業務の標準化、安全対策委員会の設立など、リスクへの対策を立案しましょう。

医療施設内で実現できる対策を立案し、実現するための準備や予算を洗い出すことで、リスクマネジメントを実施できます。
リスク対策を立案するだけでなく、具体的にどのような手順や予算をかけて施策を実行するべきか、具体性を持った計画立案が必要です。

対策の効果を評価する

立案したリスク対策を実行するだけでなく、実際にどの程度効果があったのかを評価しましょう。
対策を実行する前と比較して、医療事故やヒヤリハットがどの程度減少したのか、効果を数値化してください。

また実際に対策が実行されているか現場をモニタリングし、必要があれば従業員アンケートを実施して、現場の声をヒアリングしましょう。

全体の結果を評価する

結果を踏まえて、リスク対策に不備がある場合は改善してください。
リスクマネジメントは対策を実施し評価するだけでなく、PDCAサイクルを回すことが大切です。

PDCAサイクルとは、次の頭文字を取った改善手法です。

  • Plan(計画)
  • Do(実行)
  • Check(測定・評価)
  • Action(対策・改善)

医療リスクマネジメントは、継続的に実施して医療サービスの品質と安全性を高める必要があります。
何度も評価と改善を繰り返すことで、リスクの発生を最小限に抑えることができます。

医療リスクマネジメントの具体的な取り組み

医療リスクマネジメントの手順を理解しても、実際に取り組むべき施策がわからなければ、対策を実施できません。
医療リスクマネジメントの具体的な取り組みは、次のとおりです。

  • 医療事故防止対策マニュアルの作成
  • 医療事故防止対策委員会の設置
  • リスクマネジメント担当者の選任
  • 医療現場の意識改革
  • 労働環境や条件の改善

具体的な取り組みの例を参考に、事業所で実施するべき施策を考案しましょう。

医療事故防止対策マニュアルの作成

医療事故防止対策マニュアルは、医療事故を防止する具体的な施策や発生時の対応を記載した医療リスクマネジメントのマニュアルです。
厚生労働省が公表する「リスクマネージメントマニュアル作成指針」によると、医療事故防止対策マニュアルの構成要素として、次の内容を推奨しています。

  • 医療事故の防止体制の整備
  • 医療事故防止のための具体的方策の推進
  • 医療事故発生時の対応

参照元:リスクマネージメントマニュアル作成指針|厚生労働省

医療事故を防止するための対策や具体的な取り組み、事故が発生したときの対応などをマニュアルに記載し、従業員に共有しましょう。
組織内にマニュアルの内容が浸透すれば、医療事故やヒヤリハットの要因を検知し、リスクを予防できます。

また2007年4月1日に、医療法の一部改正が施行され、医療機関に対する医療安全対策が義務化されました。
作成した医療事故防止対策マニュアルは、所管の地方医務局を通して厚生労働省へ提出しなければなりません。

なお、国立高度専門医療センターは、直接厚生労働省へ医療事故防止対策マニュアルを提出します。

医療事故防止対策委員会の設置

厚生労働省の「リスクマネージメントマニュアル作成指針」によると、各医療施設は医療事故防止対策委員会の設置を推奨しています。
委員会を構成する人員は、原則として次のとおりです。

  • 副院長
  • 診療部長または医長
  • 薬剤科長または薬剤部長
  • 看護部長または総看護師長
  • 事務部長または事務長など

参照元:リスクマネージメントマニュアル作成指針|厚生労働省

医療事故防止対策委員会を設置することで、医療施設内のリスクマネジメントに対する意識を向上できます。
また医療事故やヒヤリハットが発生した際に、スムーズな対応を実現できます。

委員会は月1回の開催を目安とし、医療事故の分析および再発防止策の検討、従業員への指示や提言、教育などが主な活動内容です。

リスクマネジメント担当者の選任

対策委員会を設置するだけでなく、リスクマネジメントの担当者を選任することで、医療事故やヒヤリハットへの対策意識を高められます。
ヒヤリハット事例の報告や原因分析を行い、医療事故防止のために各職場で原因や対策を共有します。

また従業員にヒヤリハット体験の報告を呼びかけ、今後注意するべき事例を収集しましょう。
リスクマネジメントの担当者を選任すれば、現場の意識改革をスムーズに実施できます。

医療現場の意識改革

医療リスクマネジメントは、対策や設備の導入だけでなく、医療現場に関わる従業員の意識を改革しなければ効果を発揮できません。
高性能なシステムを導入しても、医療に携わる従業員の意識が低いと、医療事故やヒヤリハットが発生します。

マニュアルの共有やリスクマネジメント担当者から教育を行い、従業員のリスクに対する意識を改革しましょう。

労働環境や条件の改善

医療従事者の労働環境が劣悪であれば、ヒューマンエラーによる医療事故やヒヤリハットが発生しやすくなります。
医療施設における人員不足は、従業員の負担を増加させ、過労によるヒューマンエラーを引き起こします。

人員不足が課題の医療施設は多く、慢性的な過労とリソース不足によって医療サービスの質が低下するため、対策しなければなりません。
労働環境や条件を改善すれば、従業員が働きやすく高品質な医療サービスを提供できます。

また労働条件が改善されることで、採用力や定着率を向上し、人員不足の課題を解決できる可能性が高まります。

伊谷 俊宜氏
伊谷 俊宜氏

医療業界のリスクマネジメントは、患者の命に直結する業態でもあり比較的進んでいると言えます。しかし、本文中にもあるとおり、ヒヤリハットや医療事故は後を絶ちません。常日頃から医療事故を防ぐ各種取り組みをしつつも、このように防ぎきれないのが現状です。この要因は多岐にわたりますが、最も対策しやすいのは“ヒューマンエラーを減らす”ことでしょう。医療・介護業界では長年人手不足が叫ばれてきました。この流れは今後さらに加速し、2040年度には1065万人の医療・介護従事者が必要になり、 全就業者の18.8%、つまりは5人強に1人が医療・介護関係者になると試算されています。今後さらに人手不足が加速するなかで、リスクマネジメント上でも人に頼る対策は限界があります。人に頼らない仕組みづくりが急がれているのです。

医療リスクマネジメントを実施して損失を予防しよう

医療リスクマネジメントを実施すれば、金銭的な損失や社会的信用の悪化による経営難を回避できます。
医療事故やヒヤリハットは、患者や医療従事者に被害を与えるリスクであり対策が必要です。

経営的なリスクであるファイナンシャルリスクと、仕事上のリスクであるビジネスリスクを回避するため、医療リスクマネジメントの実施が求められます。
医療リスクマネジメントを実施する際は、リスクの特定から分析、対策立案、結果を評価しPDCAサイクルを回しましょう。

本記事でご紹介した発生しやすいリスク事例と、具体的な施策例を参考に、医療事故やヒヤリハットを防止してください。

監修:伊谷 俊宜

介護経営コンサルタント

千葉県佐倉市出身。大学卒業後、教育サービス業界に入社したが、障がい者との交流を機 に「高齢や障がいを理由に、不当な差別を受けることのない社会を作りたい」と、介護事業者の門をたたいた。これまで、数々の特別養護老人ホーム、 グループホーム、デイサービスの立ち上げ、運営に参画。現在は、“現場第一主義!”を旗印とし、高齢者住宅、デイサービスを中心に「人気の施 設づくり」を積極的にサポートしている。

医療に関連するコラム

資料をダウンロード

製品・ソリューションの詳細がわかる総合パンフレットを無料でご覧いただけます

ダウンロードはこちら
検討に役立つ資料をダウンロード

製品・ソリューションの詳細がわかる総合パンフレットを無料でご覧いただけます

ダウンロードはこちら