有料老人ホームの売却・M&Aの流れとは?現状や今後の動向、成功のポイントを解説
2023.06.01
有料老人ホームの売却・M&Aとは、介護事業所の一つである有料老人ホームを売却して資金を得ることです。売却・M&Aが行われる背景はさまざまですが、介護施設の増加に伴い、今後は有料老人ホームの売却・M&Aが進むと予想されます。
この記事では、有料老人ホームの売却・M&Aについての現状と今後の動向、売却価格の相場、売却するメリット、売却・M&Aの流れ、ポイントや注意点などについて解説します。
目次
有料老人ホームの売却・M&Aとは?
有料老人ホームの売却・M&Aとは、有料老人ホームのような介護事業所を売却・買収することをいいます。M&Aは「Mergers and Acquisitions」の略で、複数の会社が合併したり、会社の事業の全部または一部を買収したりすることを指します。
売却・M&Aは、後継者がいない、財政面で厳しいなど、将来的な経営に課題や不安があるときに行われるのが一般的です。
以下のページでは、有料老人ホームについて詳しく解説しています。
関連記事:「有料老人ホームとは?入居条件や設備の特徴、サービス内容を解説」
有料老人ホームの売却・M&Aの現状と今後の動向
近年、有料老人ホームの売却・M&Aは積極的に行われています。その背景には、介護報酬の改定や介護人材確保が困難であること、経営者の高齢化など、さまざまな要因があります。
高齢者の人口増加に伴い、介護施設の利用者は今後も増加が見込まれており、介護人材の確保は大きな課題です。2040年までに必要とされる介護人材数については、厚生労働省が以下のような推計データを発表しています。
年度 | 必要な介護人材数 |
2023年度 | 約233万人 |
2025年度 | 約243万人 |
2040年度 | 約280万人 |
(※)出典:厚生労働省「介護人材確保に向けた取り組み」
また厚生労働省は、2055年には65歳以上の高齢者人口の割合が38%にも達すると推定するデータも発表しています。
2025年 | 2055年 | |
65歳以上高齢者人口(割合) | 3,677万人(30.0%) | 3,704万人(38.0%) |
75歳以上高齢者人口(割合) | 2,180万人(17.8%) | 2,446万人(25.1%) |
(※)出典:厚生労働省「高齢者向け住まいの今後の方向性と紹介事業者の役割」
上記のデータからは、有料老人ホームなどの介護施設数が増えているにもかかわらず、介護を担う人材が今後ますます不足していくことが読み取れます。こうした状況を打開するために、売却・M&Aは今後ますます加速すると予想されます。
有料老人ホームの売却・M&Aの相場
有料老人ホームの売却・M&Aの取引価格の相場は、以下の計算式で求められます。
売却価格の相場=時価純資産+のれん代
のれん代とは、企業が保有している無形の固定資産のことで、営業利益の2〜5年分が一つの目安です。
売却価格の相場は1,000万円〜数億円と開きはありますが、以下のような条件次第ではさらに高い価格で取引される場合があります。
- 立地条件が良い
- 人材の確保がしやすい
- 離職率の低い事業所である
有料老人ホームを売却するメリット
次に、有料老人ホームを売却するメリットについてみていきます。
有料老人ホームを存続できる
売却・M&Aが実現すれば、有料老人ホームを廃業させずに存続できます。
有料老人ホームの中には、後継者がいないために廃業を余儀なくされるケースもあります。その点、売却・M&Aであれば事業経営経験者に運営を引き継ぐことができ、少子高齢化が抱える問題解決の一助となることができます。
また、後継者がいる場合でも、経営者が突然の病で倒れたり死亡したりといった事態になれば、経営状態が悪化する可能性があります。そのような場合でも、売却・M&Aであればスムーズな事業継承が実現します。
従業員の雇用を維持できる
売却・M&Aは、従業員の雇用維持にもつながります。有料老人ホームを廃業した場合、そこで働いていた従業員は職を失い、新たな職場を探す必要があります。しかし、売却・M&Aを行えば、経営者は変わりますが事業所は存続するため、引き続き従業員の雇用を確保でき、従業員一人ひとりの生活を守ることにつながります。
利用者へのサービスを維持できる
有料老人ホームが廃業した場合、そこで生活していた利用者は施設を出ていく必要があります。年齢的に体力が衰えていたり、持病を持っていたりする利用者にとって、新たな入居先を探して引越しをするのは大きな負担となるでしょう。
また、入居先が変わることで、利用者のご家族にとっても新たな負担が生じます。しかし、売却・M&Aが行われれば継続して施設に入居できるため、利用者とご家族の安心につながります。
経営の安定化を図れる
売却・M&Aによって大手グループ会社の傘下に入ると、経営資源やノウハウが供給されます。また、ブランド力を利用した新たな事業展開や、人材が不足している場合にグループ内から人材を派遣してもらうことも可能です。自社だけでは限界のあったことも多角的に展開でき、安定的な経営が可能になります。
売却益を得られる
売却・M&Aに関する知識がない場合、「うちの会社を買い取ってくれるところなどないだろう」と考えてしまうこともあるかもしれません。しかし、前述の通り、今後の少子高齢化の状況を考えれば、より多くの施設が必要と考える大手グループ会社などは決して少なくありません。そのため、売却益を得て安心した老後を手に入れることが可能となります。
有料老人ホーム売却・M&Aの流れ
では、有料老人ホームの売却・M&Aは、具体的にどのような流れで進むのでしょうか?
専門家に相談
まずは専門家に相談するところから始めます。M&A仲介会社や金融機関、公的機関などに相談することで、以下のようなことがわかります。
- どのようにM&Aを進めていくのか
- M&Aに必要なもの
- 完了までに要する期間
M&Aを失敗しないためにもまずは相談することが大切です。相談の前にM&Aの目的や希望の売却価格などを明確にしておくと、より具体的にアドバイスがもらえるでしょう。
売却先の決定
次に売却先を決定します。売却先は、自分で探すよりもM&Aの相談先を通じて探すほうが、幅広い視点で見つけられるでしょう。
M&Aでは、「ノンネームシート」と呼ばれる資料を用いて売却企業の簡易的な情報が開示されます。ノンネームシートで開示される主な情報は以下の通りです。
- 売却企業の業務の内容や特徴
- 売却の理由
- 大まかな所在地
- 売上高・営業利益
ノンネームシートを利用することで、契約締結前における企業の詳細情報を伏せ、情報漏洩を防ぐことができます。
売却先の代表者と面談
売却先が決まったら、代表者と面談を行います。この時には、ノンネームシート上ではわからないことについても共有します。具体的には以下のような事項です。
- 抱えている課題
- 将来的なビジョン
- 経営者のM&Aに対する想いや意向
M&Aの条件については、代表者との面談が終わってから、仲介会社とともに交渉を行うことになります。
売却内容の書面作成
続いて、売却内容について書面を作成します。これは基本合意書(MOU)と呼ばれるもので、法的拘束力はありませんが、M&A契約の条件やスケジュールが決まった段階で、基本事項について合意したことを確認するための書類です。主に以下の事項が記載されます。
- スキームの概要
- 一般条項
- M&A譲渡価格の概算
- 支払いのタイミング
- デューデリジェンスの協力義務
- 役員の処遇
- 秘密保持義務の設定
- 独占交渉権の付与
基本合意書は、譲渡側と譲受側の双方が交渉内容や条件について十分に理解し、スムーズにM&Aを完了まで進めるための重要な書類です。
デューデリジェンス(DD)の実施
譲受企業によってはデューデリジェンスが実施されます。デューデリジェンスとは、M&Aにおいて譲渡企業の価値やリスクについて調査することです。デューデリジェンスを行うには多額の費用を要するため、M&Aの条件がある程度決まった基本合意契約後に行われます。譲渡企業は、デューデリジェンスを補完するために、会社の財務や法務などの一定事項が真実かつ正確であることを示す表明保証をすることが一般的です。
最終売却契約書の内容決定・締結
デューデリジェンスで問題がなければ、最終売却契約書の内容決定と締結が行われます。最終売却契約書の内容は、基本合意書の内容と概ね同じです。
最終売却契約書と基本合意書との決定的な違いは、法的拘束力が生じることです。そのため、一方的に契約を破棄したり、表明保証に不備があったりする場合には、損害賠償請求されることがあるため注意しましょう。
従業員や入居者への説明
売却・M&Aについて最終売却契約書が交わされたあとは、有料老人ホームの従業員や入居者に対して説明をする必要があります。これは通常、M&Aの条件には従業員の待遇や入居者に対する対応が含まれているためです。
なお、M&A契約自体には従業員の同意は不要ですが、雇用契約の引き継ぎには従業員の同意が必要です。これは、民法第625条1項において定められています。
契約内容の実行
最後に、契約内容が実行されます。一般的に、売り手による株式譲渡や事業譲渡の手続きと、買い手による対価支払いの手続きが行われます。こうして経営権の移転が完了することを「クロージング」といいます。
有料老人ホームの売却・M&Aを成功させるポイント
ここでは、有料老人ホームの売却・M&Aを成功させるためのポイントについて見ていきます。
買い手が見る項目を把握する
まず、買い手が見る項目を把握することが大切です。有料老人ホームを売却する場合、買い手が重視する項目は以下の通りです。
- 立地
- 入居率
- スタッフ
有料老人ホームの立地が良い場合は高い評価を受けやすく、買い手はつきやすいといえます。入居率については、近年の介護施設の需要の高まりから、よほどサービスの質が低くない限り問題になることはありません。
施設の強み・弱みを把握する
自社の有料老人ホームの強みと弱みを把握しましょう。他の介護施設と比べて劣っているところがあれば、改善する必要があります。介護事業所が多い中で高いシェアを獲得するためには、周りの介護施設がどうなのかを知っておくことも大切です。
業績が良い時に売る
売却やM&Aは、業績が良い時に行うことが大切です。業績が良い時に売却すれば、スムーズな事業継承が可能となります。有料老人ホームの入居率が高く、それに見合った従業員数で業務をまわせているときが、良い売却時期だといえます。一方、業績不振の時には買い手がつきにくくなります。
建物に不備がないか確認する
有料老人ホームの建物に不備がないかどうかもチェックしましょう。見ただけでは問題がなくても、築年数が10年以上経っている建物はこまかくチェックする必要があります。主に以下の項目について確認しましょう。
- 雨漏りはないか
- 塗装の劣化や破損、ずれはないか
- 雨桶に歪みや破損はないか
- 外壁の壁面にひび割れ、タイルの剥がれはないか
- 外壁の塗装面に触った時に粉が手につかないか
- シーリングに痩せや剥がれはないか
- お湯の温度が不安定でないか
- お湯の温度が設定温度になるか
- 水圧は弱くないか
- 水に着色はないか
- 扉の開閉に支障はないか
- ベランダや階段、廊下の手すりなどの鉄部に錆や破損はないか
- あげ裏に漏水のシミがないか
- 床に剥がれや浮きはないか
- 電気設備の配線やボックスに損傷、錆、腐食はないか
- 基礎(土台)にひび割れや蟻道はないか
- 給水設備や排水管に水漏れや異音はないか
- 水の流れは悪くないか
- 異臭がしないか
不備が見つかった場合には、早急な改善が必要です。
人員配置に不足がないか確認する
人員配置に不足はないか確認しましょう。人員が不足したまま売却・M&Aが実施された場合、譲受企業が新たに従業員を補充する必要があります。また、定期監査が入った時に指導を受けないためにも、有料老人ホームの人員配置については正しく把握する必要があります。
有料老人ホームの人員配置基準については、以下のページを参考にしてください。
関連記事:「有料老人ホームの職種とは?人員配置や役割、平均給与などを解説 」
有料老人ホームの売却・M&Aの注意点
有料老人ホームの売却・M&Aを行う際には専門的な知識が必要となるため、専門家に依頼するようにしましょう。
ただし、専門家選びも慎重に行う必要があります。専門家選びを間違えてしまうと、売却・M&Aをスムーズに進めることができません。また、会社の重要な情報を渡すことになるため、機密情報の取り扱いの観点からも信頼できる専門家を選ぶ必要があるでしょう。
適切に売却・M&Aを進めるためには、予備知識や事前知識をつけておくことが大切です。
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>>「在宅介護事業者向けM&Aセミナー」
まとめ
有料老人ホームの売却・M&Aには、従業員や利用者にとってもメリットがあります。スムーズに売却・M&Aを行うためには、ここでご紹介した通りさまざまな注意点がありますが、経営状況や将来の展望などをざっくばらんに相談できる専門家がいると安心です。
売却・M&Aをお考えの際には、メリットや予備知識をしっかりと習得するためにも、「在宅介護事業者向けM&Aセミナー」のアーカイブをぜひご覧ください。