【名南経営の人事労務コラム】第10回 職員への損害賠償
2022.11.24
職員が職場の備品等を大切に扱わない、ということに悩みを抱える医療機関や福祉施設は少なくありません。貸与していたスマートフォンやタブレット端末はすぐに紛失をしたり、落して損傷をさせたり等といったことが日常的に発生するのみならず、送迎用の車両に関しても丁寧に扱わないので傷だらけといったケースもあります。
いずれの場合でも、職員自身が所有していればそういった扱いはしないものの、自分のものではないという思いが背景にあるためか、丁寧に扱わないというのは経済的な損失も招くため、看過できるものではありません。
そういったことから、何か紛失をしたり損傷をさせた際には、職員に対して損害賠償を求めようと考えることがあります。実際に要した修理代等を職員に負担をしてもらうということですが、いざその運用を進めてみると職員の抵抗が生じることが少なくありません。
中には、そういった損害賠償を求めること自体、ブラック企業であるし、そもそも労働基準法違反ではないかと主張し、抵抗をするわけです。ここでいう労働基準法違反とは、第16条に定める賠償予定の禁止です。
確かに労働基準法第16条では「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めていますが、ここで法違反とされるのは予め損害賠償額を定めることであって、例えば、1年以内に退職をしたら採用経費として50万円支払うこと、といったように予め決まった額をペナルティとして定めることであって、実際の発生をしてしまった事案に対して、その要する費用を負担してもらうことは別で考えることになります。つまり、実際の損害額を求めることは違法ではないという解釈ができます。
ところが、例えば社有車を単独事故等によって大きく損傷させ、その修理代が100万円を超過したといったような場合、その全額を負担してもらうのか否かは別問題で考える必要があります。というのも、こうした場合に施設側は事故が発生しないように安全運転教育をしっかりと行っていたのか、過労となるような無理な勤務をさせていたことによって注意力等が散漫になっていないか、運転経験が浅い職員に無理に運転をさせていなかったか、等といった視点で考えると必ずしも職員自身だけに非があるものでもないことが大半です。
労働裁判例を紐解くと、茨城石炭商事事件(最高裁・昭和51年7月8日判決)では、タンクローリーを運転していたドライバーが運転において前方不注意によって前の車に追突、それに伴って大きく損傷させたことに対して、その修理代を全額本人に求めたものの、管理する側の非もあることから裁判所は請求額の4分の1が限度と判示しています。この労働裁判例は、損害賠償を巡る裁判例として有名で、かつ最高裁の判決ということもあり、損害賠償を本人に求めるにはその額の4分の1程度というのがひとつの目安となるようになりましたが、徹底して管理や教育等をしていたのであれば、4分の1を超過した額であっても認められないというわけでもありません。
しかし、本質的にはそういった損害賠償を求めるという前提で労務管理を行うと、職員の誰もがその業務に従事したくはないということになる可能性があり、事業が適切に回らないリスクも生じます。そういった意味では、頻度や程度、過失割合や背景等を総合的に判断して損害額を決定することになりますが、過去の職場内の賠償事例を入職時に説明をする等の配慮は、トラブル防止の観点からも行っておいた方がよいでしょう。
服部 英治氏
社会保険労務士法人名南経営 ゼネラルマネージャー
株式会社名南経営コンサルティング 取締役
保有資格:社会保険労務士