【名南経営の人事労務コラム】第14回 労働時間管理と未払い残業トラブル

2023.01.21

医療機関・福祉施設は人が相手なので製造業のようにラインで仕事をしているわけではなく、労働時間管理の曖昧さは発生する、そんな声を関係者から耳にすることがあります。いわばサービス産業を肯定するかの如くの発想ですが、人が相手であるからといって労働時間管理が曖昧にできるものでもありません。

 労働時間の管理については、多くの事業所において曖昧さや不十分な管理が発生していたことから、厚生労働省より平成29年1月29日に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」が示されました。このガイドラインにおいては、『労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる』と労働時間の考え方が具体的に示され、始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法について、原則としてタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること等といったことが明確化され、曖昧な労働時間管理をしているようなケースは、労働基準監督署より指導を受けるようになりました。

 従って、人が相手とはいえ、タイムカード等で始業及び終業の時刻をしっかりと記録して、その時間に対しての賃金を支払うといった当然の管理が必要となっています。

 ところが、実務運用を見渡すと、勝手に早く出勤をして何かをやっている職員がいたり、自主的に残って自分のペースで仕事の準備をしたり、外部で発表用の資料を作成していたりといったようなことが散見されることがあります。むろん、これらは職員自身が任意で自主的に施設内にいるという共通点がありますが、自主的であることを理由に何も管理をしていない医療機関・福祉施設が少なくないのが現状です。

 性善説で考えれば、こうした職員が何かを言ってくることはないということで放任することになりますが、労使間が良好な関係であったとしても家族からの労働基準監督署への通報や何らかの拍子で労使間の関係性が崩れて今までのサービス残業について手の平を返したように請求をしてくることがあります。最近は、外部の弁護士事務所を通じて具体的な残業代が算出され、その金額を指定日までに支払うように求められるようなケースも増えており、経営者としては「あの職員が勝手に仕事をやっていた」等その支払いを拒む根拠を見出そうとしますが、現実的には職員側が有利であって要求額を支払わざるを得ないことが少なくないのが実態です。

 というのも、最近の労働裁判例では、黙示の労働時間という考え方が用いられることがあり、いわばサービス残業の実態を黙認していたということで、職員が勝手に仕事をしていたといった言い訳ができなくなっています。

 なお、賃金の請求権は2020年4月における改正労働基準法において消滅時効の期間が従来の過去2年間から過去5年(当分の間は過去3年間)へと改正されておりますので、有事の際の支払額が相当な額となることがあります。そして、そのような支払いが行われると退職者から続々と請求をされてしまうということもあり、経営への影響が生じることもあるのみならず、インターネットの掲示板サイト等において「ブラック企業」と悪評を招き、そうしたことを理由に応募者が激減するといったことも想定されます。このようなことを考えると、コンプライアンスを正して運用することはもはや時代の趨勢であると考えることができ、労働時間管理のみならずその時間に応じた賃金支払いは、しっかりと行っておきたいところです。

参考

出典/厚生労働省 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」一部抜粋)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf

服部 英治氏

社会保険労務士法人名南経営 ゼネラルマネージャー

株式会社名南経営コンサルティング 取締役
保有資格:社会保険労務士

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