【介護業界動向コラム】第8回 VUCAの時代の介護経営 介護事業者の事業拡大の近年の潮流について⑧ 「M&Aが介護業界にもたらすもの(3)」

2023.03.27

 介護業界におけるM&Aという視点から業界再編の流れを追っています。前回、前々回と近年増加しつつある介護事業のM&Aを経営者側の観点から見てきましたが、今回からは「現場側(介護担当者)」の観点から見ていきたいと思います。今回は「人」の側面で起こりやすい問題を取り上げてみたいと思います。

従業員の雇用は維持されるのか?

 M&Aや事業承継に至る理由は様々ですが、その際に最も大きな問題の一つが「人」です。制度上は雇用を引き継ぐかどうかは、譲受側の企業の任意となりますので、「雇用を継続しない」という選択も可能ではあります。一方、介護福祉サービスは、一部を除き基本的には労働集約型産業ですから、人こそが資本とも言える訳で、事業譲受後も利用者に切れ目なくサービス提供をしていく事が求められます。 

 それ故に、多くのケースで従業員の雇用は維持(保証)されますし、また労働契約法上も事業譲渡を理由とした整理解雇は、客観的に合理的な理由がない限りは「解雇権の濫用」とされ認められていません。いわゆる「解雇の4要件」を満たしておく必要がありますので、そうした意味でも譲受側企業の判断で人員整理が積極的に行うことは一定の制約があると見ても良いでしょう。ただし、無論、従業員側が勤務を継続するか否かは自己判断になります。

 

モチベーションの低下や先行き不安への応え方

 従業員にとっては、運営法人が変更になることについて必ずしも肯定的に捉えるケースばかりではありません。特に経営状態の悪化等の理由による引継ぎ等の場合、譲渡側事業者に所属していた職員は「子会社職員」の立場となり、心理的にもストレスがかかり易い状況になります。また、これまでと運営方針が変わることにより、キャリアプランが描き難いこと、業務提供スタンスや方法論が変更になる事、待遇悪化等、負の側面に意識が向きやすいとされます。特に、該当地域において知古ではないような法人が譲受側となるようなケースなど、一般の従業員にとっては馴染みのない企業であるほど、不安が高まりやすい側面があります。

理念、方針、キャリアプランの共有を丁寧に実施

譲渡側・譲受側双方の企業にとって、最も避けたいケースは、こうした先行き不安に伴う従業員の大量離職です。施設基準の維持が困難になることや、残った職員への過重な負荷、またそれによる利用者へのサービスの質低下、最悪の場合の介護事故発生なども予測されます。

 その意味において、最も重要な事はこうした職員の先行き不安を解消し、譲受側法人に対する信頼感を醸成していく事と言えるでしょう。理念や方針、キャリアプラン、また勿論のことながら労働条件などを職員個別に丁寧に説明して合意を得ていく事が重要です。

 ただし、こうしたプロセスは非常にタイミングが難しく慎重さが求められるものであり、早くても遅くてもトラブルの元になりがちです。例えば事業譲渡の契約が締結される前段階で情報が職員の間に広まってしまうと、離職や組織への不信感を煽りかねませんし、また逆に譲渡契約締結後に時間が空いてしまうと、職員の身分が宙に浮いたままになっています。これも組織への不信感を生むことになります。こうした意味でどのタイミングでどのような発信をしていくかを考えておく必要があります。また、特に介護福祉業界においては、「処遇」の問題と同様、あるいはそれ以上に「ケア方針・スタンス」などの「価値観の共有」「組織文化の共有」等といったインフォーマルな部分での統合を丁寧に進めていくことが重要です。

 その意味では、もしも時間的・財務的な余裕があるのであれば、M&A等による法人の統合という方法論だけではなく、社会福祉連携推進法人などの形で、教育・採用・機能の連携を図る「緩やかな統合」も一つの選択肢にはなりえます。この場合、法人としては独立した状態は維持出来ますし、場合によっては離脱も選択できますので、そうした中で方向性を探っていく事も戦略になりえるでしょう。次回も引き続き、「統合における課題」について扱っていきたいと思います。

大日方 光明(おびなた みつあき)氏

株式会社日本経営 介護福祉コンサルティング部 参事

介護・在宅医療の経営コンサルティングを専門。直営訪問看護ステーションの運営本部を兼任。
東京都訪問看護ステーション管理者・指導者育成研修講師。その他看護協会、看護大学等における管理者研修(経営部門)の実績多数。

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