介護現場で起こる利用者・その家族による暴力とは?発生原因と対策を解説

2024.06.12

昨今、介護現場で利用者やその家族による暴力が問題になっています。
なかには職員がケガをしたり、離職したりするなど、暴力が深刻化するケースも少なくありません。

職員の安全を守り、離職を防ぐうえでも、暴力の防止は介護事業所にとって重要な取り組みです。
しかし、有効な施策を考案するためには、介護現場で暴力が発生する原因や防止するポイントなどを理解しなければなりません。

本記事では、介護現場で発生する利用者やその家族による暴力について発生原因と対応策を解説します。

介護現場で起こる利用者・その家族による暴力とは?

介護現場で問題視される暴力には、身体的なものだけでなく、精神的なものも含まれます。

例えば、介護スタッフに対する過度なクレームや暴言などが度々発生しているのです。
こうした介護現場で発生する暴力に対し、適切な予防策を講じるためにも、ここでは公的資料を用いつつ暴力の実態を解説します。

利用者・その家族による暴力の内容

利用者やその家族による暴力には、以下のようなものが該当します。

  • 暴言
  • 殴る
  • 蹴る
  • 物を投げる
  • 引っかく
  • つねる
  • 髪や服を引っ張る
  • 首をしめる
  • 唾を吐く

いずれの行為も、軽視できるものではありません。
特に女性の介護職員だと、相手が要介護者でも暴力を受ければケガを負うリスクがあります。

介護現場における暴力は、一生消えない傷が残ったり、ケガが原因で退職したりするリスクがあるものです。
また、介助中に利用者が暴れることがあれば、転落や転倒のような事故につながる場合があります。

介護現場で起こる暴力の実態

介護現場で起こる暴力は、必ずしも珍しいことではありません。
事実、厚生労働省が発表した資料によると、介護事業所に勤める多くのスタッフが利用者本人からのハラスメントを経験しています。

出典:介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書|厚生労働省

まず、過去1年間に利用者本人からハラスメントを受けた経験がある職員が、あらゆる分野の介護事業所にいることがわかります。

ハラスメントの内容は以下のとおりです。

出典:介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書|厚生労働省

暴言のような精神的暴力に次いで、身体的暴力を受けた職員が多いことがわかります。
特に、介護老人福祉施設や認知症対応型通所介護などは7割〜9割と、暴力を経験した職員の割合が高い傾向があります。

以上のように、介護の現場において利用者による暴力は珍しいことではありません。
むしろ、介護事業所は常に利用者による暴力が発生するリスクを想定したうえで、運営に取り組む必要があります。

利用者家族による暴力も問題

介護事業所は利用者の家族による暴力にも注意しなければなりません。

出典:介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書|厚生労働省

上記の表を見ると、利用者家族からのハラスメントを経験した方は、全体の約半数を占めています。

続いて、ハラスメントの内容を見てみましょう。

出典:介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書|厚生労働省

利用者家族からのハラスメントの大半は精神的暴力ですが、身体的暴力も少なからず発生しています。

介護現場における暴力は、介護疲れやストレスによって発生するケースが多くあります。
職員と同様に、要介護者に寄り添う家族も介護疲れやストレスに苛まれやすいものです。

そのため、ささいなきっかけで利用者家族が職員に暴力を振るうこともあります。

利用者・その家族による暴力がもたらすリスク3つ

利用者・その家族による暴力は、以下のようなリスクをもたらします。

  • 職員が休職・離職する
  • 利用者同士のトラブルに発展する
  • 利用者への虐待につながる

いずれも、職員やほかの利用者の安全を脅かしかねないものです。
それぞれのリスクについて、順番に解説します。

職員が休職・離職する

利用者・その家族による暴力が深刻化すれば、被害を受けた職員が休職・離職するリスクが高まります。

特に暴力によって職員がケガをするような事態になれば、いくら優秀な職員でも肉体的・精神的にも介護に従事することは困難です。
暴力への適切な対処ができない状況が続けば、職員が業務に集中できなくなり、職場環境が悪化します。

さらに職員の休職・離職でほかの職員の負担が増えるような事態になれば、さらなる休職・離職を招く悪循環が発生しかねません。

利用者同士のトラブルに発展する

介護施設の場合、利用者・その家族による暴力がほかの利用者に及ぶケースも少なくありません。
この場合、ほかの利用者がケガをするだけでなく、利用者同士のトラブルに発展する恐れもあります。

利用者同士のトラブルによって施設内の安全が脅かされる状況になると、事業者が安全配慮義務を怠っていると判断されるリスクがあります。
ほかの利用者がケガしたり、危害を加えられたりすれば、事業者側に損害賠償を求められる可能性もあるので注意しましょう。

利用者への虐待につながる

暴力を受けた職員が、逆に利用者への虐待を行うリスクにも注意しなければなりません。

介護のストレスや疲れは、虐待を引き起こす要因です。
特に、日々利用者から暴力を受けているような立場であれば、虐待に発展するリスクはさらに高まります。

職員によっては、利用者・その家族からの暴力を受けても、周囲に相談できずストレスを溜め込む場合があります。
ストレスによって思わず反撃することがないよう、職員のケアをすることも重要です。

介護現場で利用者・その家族による暴力が起こる原因4つ

介護現場で利用者やその家族が暴力を起こす原因には、以下のようなものがあります。

  • 介護に対するストレスや不安
  • 認知症の影響
  • 体調不良による影響
  • 暴力・暴言として認識していない

暴力が発生する予兆を見逃さないためにも、それぞれの原因を正確に把握しましょう。

介護に対するストレスや不安

介護に対するストレスや不安は、利用者だけでなく、利用者の家族に暴力を振るわせる原因になりがちです。

ただでさえ、介護は心身ともに負担のかかる作業です。
世話をしている家族はもちろん、介護を受けている利用者自身も、体が思うように動かず、ストレスや不安を溜め込みます。

その結果、ストレスや不安が一定以上まで積もると、暴力や暴言の形で表出するようになります。

介護に対するストレスや不安は、誰もが抱くものです。
しかし、職員と利用者・その家族が互いに信頼関係を築けば、解消される可能性があります。

認知症の影響

利用者が認知症を患っている場合、症状の影響で暴力が発生するケースも珍しくありません。

認知症は脳の機能低下をもたらすため、症状が進行するほど患者は感情のコントロールが難しくなります。
そのため、認知症患者はささいなことでも激高しやすくなり、暴力を振るいやすくなるわけです。

加えて、脳の機能低下によって理解力も衰えるため、認知症患者は環境の変化や周囲の言動についていけず、不安に駆られやすい状態です。
気持ちが安定していない状態で患者を怒ったり、気に障るようなことをしたりすれば、混乱して暴力を振るうことがあります。

利用者が認知症の場合、介護だけでなく医療の観点から適切なアプローチをしなければなりません。
家族の協力も得ながら、利用者の状態を慎重に見極めましょう。

体調不良による影響

高齢の利用者だと、体調不良による影響でイライラしていたり、ネガティブな気持ちに囚われたりします。
利用者によっては、体調不良をうまく伝えられず、暴力や暴言のような形で表現してしまう人もいます。

また、治療のために服用している薬の影響で暴力・暴言が発生するケースがあることには注意しましょう。
特に認知症の治療薬だと、副作用として徘徊や暴力が生じるものもあります。

暴力・暴言として認識していない

利用者が自身の言動を暴力・暴言と認識していない場合があります。
高齢の利用者だと、暴力や暴言に該当する行為でも、昔の感覚でしてしまうケースは少なくありません。

元々の性格が短気だったり、手が出やすかったりする利用者だと、自覚なく暴力や暴言をしてしまうこともあります。

無自覚に暴力・暴言をしてしまうのは、利用者家族においても同様です。
職員に対する不満から、利用者家族が事あるごとに追求していくうちに、暴力や暴言に発展するケースは多々あります。

利用者・その家族による暴力を予防する4つのポイント

利用者・その家族による暴力を予防するなら、以下のようなポイントを意識しましょう。

  • 日ごろのコミュニケーションに注意する
  • 相談体制を構築する
  • 利用者の状況を分析・記録する
  • 対応フローを職員で共有する

それぞれのポイントを意識すれば、暴力の発生を抑止できます。

日ごろのコミュニケーションに注意する

利用者・その家族との日ごろのコミュニケーションに注意することは、暴力を予防する第一歩となる取り組みです。
利用者も、その家族もそれぞれ性格や考え方が異なるうえに、介護による疲れやストレスで常に不安を抱えている場合もあります。

コミュニケーションを取る際は、悩みに耳を傾けるなど、相手の気持ちに寄り添いましょう。

もちろん、相手を不安がらせたり、逆上させたりするような行為は禁物です。
特に認知症を患っている利用者は、環境の変化や相手の言動に敏感に反応します。

不安を与えないようにするためにも、相手を否定する言動は避け、自尊心を傷つけない対応をしなければなりません。
また、自分が置かれている状況への理解が追いついていない場合もあるため、丁寧な説明を心がけましょう。

相談体制を構築する

暴力や暴言によるハラスメントに備え、相談体制を構築しましょう。

いくら暴力や暴言を受けていても、相手が利用者やその家族である以上、職員は反発しにくいものです。
職員によっては自力で解決しようとしたり、責任を痛感したりして、1人で抱え込もうとします。

しかし、職員が1人で抱え込むことによって事態が悪化するケースは少なくありません。

そのため、介護事業所は職員がいつでも気軽に相談できる窓口を設置するなど、体勢を整える必要があります。
相談体制を構築すれば、利用者やその家族に暴力の兆候が見られた際にも迅速な対応が可能です。

利用者の状況を分析・記録する

利用者の状況を分析・記録すれば、暴力の予兆や傾向を把握しやすくなります。
介護日誌に利用者の状態を記録し、内容を精査するだけでも、暴力の予防が可能です。

例えば、体調不良によるストレスで暴力を振るう利用者の場合、日々のバイタルチェックで兆候をつかめる可能性があります。
職員会議で兆候がある利用者の情報を共有すれば、早い段階から適切な対策を検討できます。

なお、利用者やその家族の暴力が確認された場合は、状況を具体的に記録しましょう。
万が一サービスの提供を中止しなければならない際の証拠になります。

対応フローを職員で共有する

先述したように、介護事業所において利用者やその家族による暴力は珍しいものではありません。
暴力が発生した際の対応フローは必ず作成し、職員間で共有しましょう。

対応フローはマニュアルに落とし込んだうえで共有すると、新しく採用した職員にも共有しやすくなります。
共有が一過性のものにならないように定期的に研修を開催すると、職員の意識をより高められます。

また、対応フローは定期的に見直しましょう。
ほかの介護事業所の対応方法などを参考にし、見直しを進めれば、より実践的な対応フローを構築できます。

介護現場で起こる暴力への対策6つ

本章では、介護現場で実際に暴力が発生した際の対策について解説します。
本章で解説する対策は以下のとおりです。

・安全の確保を優先する

・相手と距離を取る

・ほかの職員に交代する

・組織的な対応を心がける

・医師に相談する

・サービスの提供を中止する

いずれの対策も適切に実施すれば、暴力による被害を最小限に食い止められます。

安全の確保を優先する

利用者や、その家族による暴力が発生したなら、まずは職員の安全を優先的に確保しましょう。
暴力によってスタッフがケガをする事態を避けるうえでも、安全の確保は重要です。

もちろん、暴力を振るう相手に対して「やめてください」と明確に意思表示することも大切です。
しかし、感情的になっている相手だと、中途半端な制止は逆効果になりかねません。

特にスタッフが1人で制止すると、かえって不利な状況に追い込まれるリスクがあります。
暴力が発生した場合は、必ず複数のスタッフで対応し、安全を確保したうえで相手を制止しましょう。

相手を制止する際は、冷静に対応するよう心がけましょう。
制止する側が感情的になると、相手を刺激するリスクがあります。

また、暴力を受けたスタッフにケガがないかを確認し、ショックを受けているようならケアをしてあげることも重要です。

相手と距離を取る

暴力を振るう相手に対し、無理に接する必要はありません。

利用者やその家族が感情的になっているなら、一時的に距離を取り、怒りが収まるまで待つことも有効な対策です。
相手が冷静になれば暴力を振るった理由を話してくれたり、職員の説得に応じたりする可能性が高まります。

人によっては、一時的に1人にしてあげた方が感情を抑えてくれる場合があります。
ただし、利用者と距離を取る際は、転倒のような事故が起きない状態であることを必ず確認しましょう。

ほかの職員に交代する

利用者やその家族が暴力を振るい始めたら、別の職員に交代して対応する方法も有効です。
特定の職員が標的にされている場合は、ほかの職員が対応することで一時的に暴力を止められる可能性があります。

突然暴力に振るわれると、職員も冷静ではいられません。
職員によっては責任感で無理に問題を解決しようとし、かえって問題を悪化させる恐れがあります。

暴力のような問題が発生した際は、複数の職員で交代して対応すれば状況を把握しやすくなります。
万が一職員の誤った対応が暴力の原因だった場合でも、アプローチを変えられるため、スムーズな収束が可能です。

組織的な対応を心がける

暴力に限らず、あらゆるハラスメント行為において組織的な対応は不可欠です。

当事者の職員が1人で問題を抱え込むと、暴力や要求がエスカレートし、事態がより深刻になるリスクが高まります。
職員が暴力を受けた際は、管理職のような上長も対応に加わり、ほかの利用者に配慮しながら、組織的に対応することが重要です。

暴力が起こった際に職員個人の裁量に任せっきりにしていると、離職のリスクが上がるだけでなく、安全配慮義務違反の嫌疑をかけられる恐れがあります。

本部と支部に分かれているような大規模な介護事業所の場合、職員同士だけでなく、事業所同士でスムーズな連携ができる体勢を整えましょう。
暴力があった際に本部が介入しやすい体勢を作れば、支部の独断で事態が悪化するリスクを回避できます。

医師に相談する

体調不良や認知症で暴力が発生した場合、必ず医師に相談しましょう。

特に認知症は症状の進行によって、状況がさらに悪化するリスクを伴うものです。
医学的な見地からアドバイスを受ければ、適切に対応しやすくなります。

場合によっては治療方針を変えなければならないこともあるため、普段から医師とはスムーズに連携できる体制を整えましょう。

サービスの提供を中止する

何度注意しても利用者やその家族の暴力が収まらないようであれば、サービスの提供を中止することもやむを得ません。

介護事業所は利用者だけでなく職員の安全配慮も義務化されています。
事業所では対応が困難と判断された場合は、ほかの利用者や職員の安全を守るうえでも、契約解除に踏み切りましょう。

ただし、利用者の契約解除は正当な理由がなければ実行できません。
曖昧な理由で契約を解除しようとすると、逆に利用者の家族から訴訟される恐れがあります。

利用者やその家族の暴力が確認された際は、常に詳細な状況を記録し、万が一に備えましょう。

伊谷 俊宜氏
伊谷 俊宜氏

カスハラという言葉を最近よく見聞きするようになりましたが、介護業界ではかなり昔から利用者やその家族からの暴力・暴言はあったように思います。この要因のひとつに、『介護施設でやれることへの誤解』が挙げられるでしょう。私自身も転倒し骨折をしてしまわれた方(歩行自立)の家族より、「介護施設なのになんで転ばせるんだ!」と怒鳴られたことがあります。しかしながら、乱暴な言い方かもしれませんが、人間歩いていれば転ぶこともあるでしょう。それを食い止めるには歩かないよう自由を奪うしかありません。介護施設は100%の安全を担保できる万能な施設ではありません。自由と安全は二律背反の関係にあります。どちらに寄せるかによって施設のカラーも決まってくるでしょう。このあたりを最初の段階でしっかり説明することが重要です。

介護現場での暴力は労災認定できる?

介護現場での暴力で職員がケガをしたり、精神疾患を発症したりした際は、労災認定される可能性があります。
高齢者による暴力はもちろん、精神障がいを抱えている利用者による暴力も同様です。

ただし、介護事業所での暴力は、加害者が認知症などで責任能力を問うことが難しい場合があります。
この場合、賠償の請求先が被害者の勤務先である法人になります。

労災認定された際、介護事業所は必ず適切な対応をしなければなりません。
労災保険の利用を避けたいがために、労災隠しを行うことは違法行為です。

なお、利用者やその家族による暴言で体調不良を起こすようなケースでも、労災認定される可能性があります。

しかし、暴力と違って暴言は体に痕跡が残るものではないため、具体的な証拠を用意しなければなりません。
暴言があったことを客観的に示す供述書を上長に作ってもらったり、加害者の発言を録音したりする必要があります。

また、暴言によって精神疾患が発症した時期や症状の程度も、労災認定されるうえで重要な要素です。
基準を満たさなければ認定されない可能性があるので注意しましょう。

介護現場での暴力は組織的な対応が重要

介護現場での暴力は珍しいことではありません。

介護事業所によっては、高頻度で発生するケースもあります。
そのため、介護事業所は暴力が発生しても的確に対応できるように、対策を講じる必要があります。

職員の安全確保はもちろん、原因に合わせた適切なアプローチ・相談窓口の設置など、有効な対策をいつでも実施できるようにしましょう。

また、介護現場での暴力は組織的な対応が不可欠です。
職員個人に対応を任せるのではなく、組織的に対応することで、リスクを最小限に抑えられる可能性が高まります。

監修:伊谷 俊宜

介護経営コンサルタント

千葉県佐倉市出身。大学卒業後、教育サービス業界に入社したが、障がい者との交流を機 に「高齢や障がいを理由に、不当な差別を受けることのない社会を作りたい」と、介護事業者の門をたたいた。これまで、数々の特別養護老人ホーム、 グループホーム、デイサービスの立ち上げ、運営に参画。現在は、“現場第一主義!”を旗印とし、高齢者住宅、デイサービスを中心に「人気の施 設づくり」を積極的にサポートしている。

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