介護現場におけるカスタマーハラスメントの研修資料の重要性

2024.09.18

昨今、介護現場におけるカスタマーハラスメントが問題視されています。
カスタマーハラスメントはスタッフを精神的に摩耗させるうえに、怪我や離職につながるリスクがあるものです。

今や、カスタマーハラスメントへの対策は介護施設にとって欠かせない取り組みとなりました。
厚生労働省もカスタマーハラスメントへの対策を呼びかけており、研修資料の作成に取り組む施設も多くあります。

本記事では、介護現場におけるカスタマーハラスメントの研修資料の重要性や作成方法などについて解説します。
カスタマーハラスメントの対策を本格化させるうえで、ぜひ参考にしてください。

目次

【基礎知識】介護現場におけるカスタマーハラスメントのリスク

最初に、介護現場におけるカスタマーハラスメントのリスクについて確認しましょう。
本章ではハラスメントの種類について解説します。

介護現場のカスタマーハラスメントとは

カスタマーハラスメントとは、顧客による従業員への暴言・暴力・理不尽な要求などの迷惑行為を指す用語です。
介護の場合、カスタマーハラスメントは介護サービスの利用者やその家族によるハラスメントを指します。

以前より、介護現場では利用者やその家族によるカスタマーハラスメントが問題視されていました。
以下の表を見てみましょう。

出典:介護現場におけるハラスメントに関する調査研究 報告書|厚生労働省

介護サービスの分野を問わず、何らかの形で利用者やその家族からカスタマーハラスメントが発生していることがわかります。
元々介護サービスはスタッフが利用者に直接触れることが多く、トラブルに発展するリスクが高い傾向にありました。

加えて、利用者が認知症によって正常な判断ができない場合、適切な対応を取っていても、カスタマーハラスメントが発生することがあります。
そのため、介護施設は常にカスタマーハラスメントが発生するリスクを踏まえて、サービスを提供していく必要があります。

介護現場で発生するカスタマーハラスメントの種類

介護現場で発生するカスタマーハラスメントには、以下の種類があります。

ハラスメントの種類内容
身体的な暴力物を投げつける蹴る・叩く・殴る・唾を吐きかける・手をつねる・引っかく・首を絞める
精神的な暴力罵倒・暴言・怒鳴りつける・執拗に嫌がらせをする・威圧的な態度を取る・過剰な叱責する・理不尽な要求・過度な謝罪を執拗に求める
セクシャルハラスメント性的に誘いかけを行う・体に触れる・卑猥な話を執拗に行う・好意的な態度を求める

いずれのカスタマーハラスメントも、スタッフの精神を消耗させるものです。
特に身体的な暴力を伴うカスタマーハラスメントは、スタッフが怪我を負う原因にもなりかねません。

介護現場のカスタマーハラスメント対策の重要性

介護現場のカスタマーハラスメント対策は、貴重な人材を守るうえで重要な取り組みです。

昨今は介護業界全体で人手不足が深刻化しており、多くの介護施設が人材の確保に悩まされています。
有能な人材を定着させるうえで、労働環境の改善は欠かせません。

しかし、カスタマーハラスメントが発生する状況では、スタッフの精神的な負担が重くなり、離職するリスクが高まります。

つまり、カスタマーハラスメントへの対策は人材を守るための重要な取り組みなのです。
有能なスタッフが定着しやすい環境を構築するためにも、介護施設はカスタマーハラスメントに適切な対応を取れるようにしなければなりません。

介護現場でカスタマーハラスメントが発生する原因

介護現場でカスタマーハラスメントが発生する原因には、以下のようなものがあります。

  • 認知症による影響
  • 精神的なストレス
  • 価値観の相違によるコミュニケーションの齟齬
  • サービスに対する認識の違い

カスタマーハラスメントへの対策を立てるうえで、原因の把握は不可欠です。
それぞれの原因について、正確に理解しましょう。

認知症による影響

認知症を患っている利用者の場合、前頭葉が萎縮することで感情のコントロールが難しくなります。

認知症が一定以上進行すると、利用者がスタッフの些細な言動で怒ったり、不快感を抱いたりするため、カスタマーハラスメントが発生するリスクが高まります。

認知症によるカスタマーハラスメントは、介護施設による対応だけでは解決が困難です。
医師の協力も得たうえで、医学的なアプローチで対応する必要があります。

精神的なストレス

高齢の利用者だと、これまでできなかったことができなくなり、不安を抱えやすくなるものです。
特に、持病や身体的な衰えで思うように動けない状態だと、精神的なストレスがたまりやすくなり、カスタマーハラスメントに発展する恐れがあります。

利用者の家族によるカスタマーハラスメントにおいても、精神的なストレスが原因になるケースは珍しくありません。
慣れない介護の疲労や不安によって、利用者の家族が攻撃的になる事態は十分に想定されます。

価値観の相違によるコミュニケーションの齟齬

価値観の相違によるコミュニケーションの齟齬も、カスタマーハラスメントの原因です。

利用者のなかには、昔ながらの価値観を持っている人も一定数います。
当人に悪意はなくとも、スタッフに対して横柄に振舞ったり、性的な冗談を口にしたりすることがあります。

スタッフが冗談として流せる範囲であれば問題ありませんが、利用者の行き過ぎた言動が増加すると、カスタマーハラスメントに発展しかねません。

なお、利用者によっては体調不良が原因で上手くコミュニケーションが取れない場合もあります。
その場合は利用者の傾向を踏まえ、適切に対応しなければなりません。

サービスに対する認識の違い

利用者やその家族に、サービスに対する認識の違いがあると、カスタマーハラスメントに発展するリスクがあります。
サービスに対して誤った認識があったり、サービスに対してスタッフに過度な期待があったりすると、利用者やその家族から過剰な要求を受ける場合があります。

もちろん、サービスの範囲外の要求は拒否すべきですが、適切な説明ができていない状態で拒否すると、暴言や暴力を受ける事態になりかねません。
理不尽な要求を避けるうえでも、サービスを提供する際は必ず丁寧に説明しましょう。

カスタマーハラスメントの研修資料を作成する理由

カスタマーハラスメントの対策をするうえで、研修資料の作成は重要な意味があります。

厚生労働省は「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」で、研修資料を作成する意義について以下のように記載しました。

介護現場における利用者や家族等によるハラスメントの実態を伝えるとともに、事業者として取り組むべき対策などを示すことにより、介護現場で働く職員の安全を確保し、安心して働き続けられる労働環境を築くための一助となること、ひいては人材の確保・定着につながることを目的としています。

出典:介護現場におけるハラスメント対策マニュアル|厚生労働省

先述したように、カスタマーハラスメントへの対策は、貴重な人材を守るために不可欠です。

しかし、介護現場におけるカスタマーハラスメントにはさまざまな原因があり、一律の対策では解決が難しいでしょう。
そのため、施設としての基本的な方針や原因別の対処法を網羅した資料が必要です。

あらかじめ資料としてまとめておけば、カスタマーハラスメントが発生した際の初動がスムーズになり、適切な対応を取りやすくなります。

介護ハラスメントの研修資料の作成プロセス

介護ハラスメントの研修資料は、以下のプロセスで作成します。

  1. 施設としての方針を明確にする
  2. 組織的・総合的な対策を明記する
  3. 利用者やその家族に周知する
  4. 原因を分析してPDCAサイクルを回す

いずれの過程も、効果的な研修資料を作成するうえで重要です。
それぞれのプロセスについて、順番に解説します。

 施設としての方針を明確にする

研修資料を作成するうえで、まずしなければならないのは、施設としての方針を明確にすることです。

「カスタマーハラスメントには組織的に対応する」「スタッフへの理不尽なハラスメントはあってはならない」など、組織としての基本的なスタンスを明示することは重要です。
施設としての方針が明確になれば、スタッフもカスタマーハラスメントに対応しやすくなります。

逆に施設としての方針が曖昧だと、スタッフが思うように対応できなくなるうえに、カスタマーハラスメントが発生しても相談しづらくなります。
スタッフとの信頼関係を構築するうえでも、基本方針の明確化は欠かせません。

 組織的・総合的な対策を明記する

研修資料には、組織的・総合的な対策を明記しましょう。

カスタマーハラスメントは個人で対応すべきではありません。
暴言・暴力や理不尽な要求がエスカレートすると、個人で対応できる範囲を超え、事態がより悪化する恐れがあります。

また、個人が独断で対応すると事態が悪化するだけでなく、施設に対する信頼を損なうリスクが高まります。
確実に事態を解決するためにも、組織的・総合的な対策を講じましょう。

 利用者やその家族に周知する

研修資料を作成したら、スタッフだけでなく、利用者やその家族にも周知しましょう。
契約時にカスタマーハラスメントに対する基本的な方針や対策などを伝えておくと、ハラスメントを抑制する効果が期待できます。

もちろん、ただ一方的にカスタマーハラスメントに対する姿勢を伝えても意味はありません。
アセスメントや契約を締結する時点から、利用者やその家族と入念にコミュニケーションを取り、互いの理解を深めることも不可欠です。

 原因を分析してPDCAサイクルを回す

研修資料は作成したら終わりではありません。
予防のために研修資料を作成しても、実際にカスタマーハラスメントが発生することは十分に想定されます。

カスタマーハラスメントが発生した際は原因を分析し、PDCAサイクルを回しましょう。
「研修資料に則った対応に問題はなかったか」「対応できない課題があったか」などを突き詰めれば、改善すべきポイントを把握できます。

もちろん、PDCAサイクルを回す過程で研修資料をアップデートすることもあり得ます。
運用した結果やスタッフからの意見も取り入れ、内容を刷新していけば、より良い研修資料を実現できるでしょう。

カスタマーハラスメントの研修資料を作成する際のポイント

カスタマーハラスメントの研修資料を作成する際は、以下のポイントを意識しましょう。

  • 初期対応や環境整備から始める
  • ハラスメントの記録を残すようにする
  • 介護サービスの質を向上させる
  • 問題を施設全体で共有する
  • 必要があれば外部機関のサポートを受ける

それぞれのポイントを意識するだけで、より効果的な対策を講じられるようになります。

初期対応や環境整備から始める

研修資料の作成に加え、初期対応や環境整備も始めましょう。

相談窓口の設置や連絡網の作成などを進めれば、カスタマーハラスメントへの迅速な対応が可能です。
加えて、スタッフの意識を統一するきっかけにもなります。

ハラスメントの記録を残すようにする

カスタマーハラスメントに対策するうえで、記録は必ず残すようにしましょう。
記録を残しておけば、カスタマーハラスメントに対策を講じやすくなります。

また、万が一契約解除をする事態になったとしても、ハラスメントを示す記録があれば正当性を主張できます。

介護サービスの質を向上させる

カスタマーハラスメントはただ対策を講じるだけでなく、介護サービスの質を向上させることでも予防が可能です。
高い質の介護サービスを提供できれば、利用者やその家族に不満が発生しにくくなります。

加えて、理性的に対応できるようにスタッフを教育すれば、理不尽な要求も避けやすくなります。

ただし、過剰なサービスを提供することは質の高さにつながるものではありません。
介護サービスの範囲内で最善のケアを提供することを心がけましょう。

問題を施設全体で共有する

カスタマーハラスメントが発生した際は、必ず問題を施設全体で共有するよう研修資料に明記しましょう。

カスタマーハラスメントはスタッフ個人の判断で対応すべきものではありません。
施設全体で問題を共有できるよう、相談窓口の利用や管理職への連絡を徹底しましょう。

施設全体で共有する体制を整えれば、独断での解決を予防できます。

必要があれば外部機関のサポートを受ける

カスタマーハラスメントに対応する際は、外部機関のサポートが必要な場合があります。

特に認知症が原因のカスタマーハラスメントは、医学的な観点での対応が不可欠です。
場合によっては治療方針の変更も必要になるため、必ず医師からのサポートを受けましょう。

研修資料にも、外部機関の連絡先やサポートを受ける手順などを記載しておくと、スタッフが利用しやすくなります。
また、専門外の問題が発生した際にも正しい対応を取れるため、初動のミスも防止できます。

研修を実施する際の注意点

カスタマーハラスメントの研修をより良いものにするなら、以下の点に注意しましょう。

  • 実施する目的を明確にする
  • ひな形を流用せず自施設に合った内容にする
  • 一過性の取り組みで終わらない

上記の点を意識するだけでも、より効果的な研修を実施できます。

実施する目的を明確にする

カスタマーハラスメントの研修を行う際は、必ず実施する目的を明確にしましょう。
目的が不明瞭ではスタッフの意識が高まらないうえに、研修で学んだことが定着しない恐れがあります。

また、カスタマーハラスメント対策への意欲が低いとみなされ、スタッフがますます1人で抱え込む事態を招きかねません。

カスタマーハラスメントの対策を徹底するためにも、研修では施設の目的を明確に示しましょう。
施設の意欲が伝われば、スタッフも積極的にカスタマーハラスメント対策に取り組むようになります。

ひな形を流用せず自施設に合った内容にする

昨今は、カスタマーハラスメントの研修資料のひな形が多く出回っています。
厚生労働省もテンプレートを公開しているため、研修資料を手軽に作成できるようになりました。

しかし、ひな型を利用する際はそのまま流用せず、自施設に合った形に修正しましょう。

厚生労働省などで公開されているひな型は、あくまで汎用的なものであり、個々の介護施設の事情に合わせたものではありません。
施設の方針や手法と異なる場合があるため、ひな型は必ず自施設に合わせて使用しましょう。

一過性の取り組みで終わらない

研修に限らず、カスタマーハラスメント対策は一過性の取り組みで終わらせてはなりません。
カスタマーハラスメントが発生した際にスタッフが迅速に共有する体制は、施設が繰り返し喚起することで初めて根付くものです。

一時的に研修を行っても、時間が経てばスタッフの意識が低下し、対策も実施されなくなる恐れがあります。

また、社会情勢の変化や、厚生労働省の方針転換によって、カスタマーハラスメント対策の基本的な方針が変わる場合もあります。
作成した研修資料の定期的に見直しはもちろん、対策の内容も都度アップデートしましょう。

研修以外にも実践を検討すべきカスタマーハラスメント対策

カスタマーハラスメント対策は研修だけではありません。
以下のような対策も効果的です。

  • 相談窓口の設置
  • 重要事項説明書や契約書による説明
  • 契約の解除

いずれの対策も、研修と並行して実施することで効果を発揮します。

相談窓口の設置

相談窓口の設置は、スタッフが悩みを共有しやすい環境を構築するうえで不可欠です。
また、カスタマーハラスメントを施設全体で迅速に共有・対応するうえでも役立ちます。

カスタマーハラスメントは相手が利用者やその家族であるため、問題が発生してもスタッフが1人で抱え込みやすい傾向があります。
そのため、相談窓口を設置し、問題が深刻化する前に組織で介入できる体制を整えなければなりません。

相談窓口を設置する際は、相談しやすい雰囲気作りも行いましょう。
「カスタマーハラスメントがあったらすぐ相談できる」とスタッフが認識できる風土がなければ、相談窓口を利用しない恐れがあります。

重要事項説明書や契約書による説明

重要事項説明書や契約書を使い、サービス内容について丁寧に説明することは、カスタマーハラスメントの予防に効果的です。

介護報酬制度や介護サービスの範囲について、利用者やその家族が誤解していることは珍しくありません。
認識の齟齬を防ぐためにも、対応できないサービスなどについてあらかじめ伝えておくと、理不尽な要求が発生しにくくなります。

契約の解除

再三注意したにもかかわらず、カスタマーハラスメントが改善されないようであれば、契約の解除も視野に入ります。

介護施設は、利用者はもちろん、スタッフの安全にも配慮する義務があります
カスタマーハラスメントを理由にした契約の解除も、介護施設が行使できる正当な手段です。

しかし、正当な理由がなければ、契約の解除はできません。

カスタマーハラスメントの証拠を残していなければ、逆に訴訟を起こされるリスクが高まります。
カスタマーハラスメントが発生した際は、録音や聞き取りを行うなど、必ず証拠を記録しましょう。

伊谷 俊宜氏
伊谷 俊宜氏

どうしても介護業界は『高齢者“福祉”』業界でもあるため、利用者やその家族から「なんでもやってくれるんでしょう?」と誤解を受けやすい業界でもあります。例えば、施設に入所した際に施設で「なんでも」できるわけではないことは、介護業界の我々には当たり前に感じていても、顧客(利用者・家族)にとっては「なんでもやってくれて当然」と思っているケースも非常に多い業界です。カスハラが生じる原因のひとつにこうした“サービス内容の不明確さ”が挙げられます。実際には介護の世界でどこまでがサービスなのか?というのは悩ましい部分でもあるのではないでしょうか。しかしながら、そこにしっかり線を引き、「うちのサービスはこの内容です」と利用開始時にしっかり説明・同意を得ておくことがカスハラ対策の最初にすべき対策なのです。

効果的な研修資料を作成して介護現場のカスタマーハラスメントを予防しよう

カスタマーハラスメントは介護業界において、対策すべき重要な問題です。
スタッフの消耗や離職を防ぐためにも、介護施設はカスタマーハラスメントに適切な対応をしなければなりません。

そのうえで、研修資料の作成はスタッフの意識を高め、基本的な方針を周知するうえで不可欠です。

研修資料を作成する際は、ただひな形を流用せず、自施設に合った内容にしましょう。
また、一過性の取り組みで終わらせないためにも、繰り返し内容を見直したり、定期的に研修を実施したりすることも重要です。

的確にカスタマーハラスメントを予防するためにも、効果的な研修資料の作成を目指しましょう。

監修:伊谷 俊宜

介護経営コンサルタント

千葉県佐倉市出身。大学卒業後、教育サービス業界に入社したが、障がい者との交流を機 に「高齢や障がいを理由に、不当な差別を受けることのない社会を作りたい」と、介護事業者の門をたたいた。これまで、数々の特別養護老人ホーム、 グループホーム、デイサービスの立ち上げ、運営に参画。現在は、“現場第一主義!”を旗印とし、高齢者住宅、デイサービスを中心に「人気の施 設づくり」を積極的にサポートしている。

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