創業時から今に至るまでの歩みを、ICT技術の発展と絡めて年表にいたしました。
ワイズマンが価値を創造するためにどのような挑戦を続けてきたのかご覧ください。
ワイズマンの創業者である南舘伸和氏が、当時ブームになりかけていたパソコンに可能性を見出し岩手県二戸にパソコンショップ「ワイズマン」を開店。「新しいことをしたい!」という創業者の思いが、ワイズマンの始まりです。
パソコンショップのお客様から、「森林組合様でパソコンシステムの導入を検討している」という話を聞いたワイズマン。
当時のワイズマンはシステム開発の経験はありませんでしたが「おもしろい、やりたい」という一心で始めました。それまで経験のないシステム開発作業をすることは簡単なことではありませんでしたが、1984年10月、無事に製品を納めることが出来ました。これがワイズマンのシステム開発の原点です。
1984年の森林組合様へのシステム納品を皮切りに、1986年には森林組合向けシステムの販売を開始しました。徐々に開発社員も増え、1988年には新しく本社ビルを建設、事業拡大に向け本格的に動き出しました。1989年には林野庁が「ふるさと森林活性化対策事業」を発表したことをワイズマンの事業拡大のチャンスとし、翌1990年にかけては、長野・徳島・熊本・岡山・栃木と、活性化対策事業が具体化したところに次々と拠点を開設していきました。
厚生省(現厚生労働省)がゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10か年戦略)を出していたことから、福祉市場の今後の可能性を確信し、1990年には社会福祉法人向けシステム、翌年には老人保健施設向けシステムを開発しました。老人保健施設向けシステム販売開始から1年経った頃から、徐々にシステムが売れ始め、その後も売り上げは順調に伸び、全国トップの導入実績を誇るようになりました。
「常にお客様にとって必要なものを作り上げたい」と考えてきたワイズマンは、静岡県にある病院から、老人保健管理システムと連携した医療事務会計のシステム開発を受託し開発をしました。この開発が、ワイズマンの医療システムの始まりで、1998年には、病院・診療所向けシステムとして販売を開始しました。医療のシステム販売は、福祉システムの販売とは営業手法が異なっていたという意味でも大きな挑戦でした。
2000年4月、介護保険制度が新たに始まり、5月には初めての介護報酬請求対応を迎えました。この時のために、長い時間をかけてどの部門もギリギリの状況の中で準備をし、「何としてでも介護保険対応を成功させてみせる」という強い意志の下、社員一丸となって取り組みました。当時、他のシステム各社も介護保険対応に追われる中、5月に伝送請求に対応できたのはワイズマンだけだったということも、その後の会社としての自信と、お客様からの評価に大きく影響を与えました。
2000年の介護保険制度対応がピークを越えたころ、社内からASPサービスの企画が挙がりました。
当時はASPサービスはまだ一般的ではなく、システムベンダーの技術力は十分とは言えない状況でしたが、ワイズマンはASPサービスの可能性を信じ、技術的な問題をクリアする為、システムベンダーと一緒にひとつひとつ技術を作り上げました。
そして2005年、ついにASPサービスの運用開始にこぎつけました。
2010年、介護・福祉向けコンピュータシステム「ワイズマンシステムSP」の販売を開始しました。
ワイズマンの技術力を集結させた、全面リニューアルとなりました。
国が2025年を目途に実現を掲げる「地域包括ケアシステム」の構築にむけて、ワイズマンは既に動き出しています。
医療と介護・福祉両方のシステムを持っている強みを生かし、医療・介護連携サービス「MeLL+」を開発・販売し、地域包括ケア市場でのリーディングカンパニーになるべく、日々お客様に理想的な地域包括ケアを提案しています。
ワイズマンは、今までも、これからも、その時代のニーズに合った価値を創造し、社会に貢献し続けていきます。